「え、これで本当にできるんだべか?」

「できる!しっかり見ておけよ…」


その言葉にじーっとフラスコの中身を見つめた次の瞬間。

ドォン

フラスコの中身が爆発し、思いっきり体が部屋の外に投げ出され、深い雪の中にヒルルクさんと二人して埋まった。


「っケホ…いたた…」

「くそぉ…また失敗か…!大丈夫かアーニャ?」

「な、なんとか…」


むくりと二人で雪だらけになりながら起き上がる。

前髪がちょっと焦げちゃっただけで済んでよかった…。

ほっと息を吐き出すと、ヒルルクさんががしがしと自分の頭を掻いた。


「アーニャの話を聞いて改良を加えたし、今度こそいけると思ったんだがな…そううまく行かねぇか」

「でも…すごい研究だべ…冬島にサクラを咲かそうなんて…きっと綺麗なんだろうな…」


白い白い雪の中、薄紅色のサクラが満開になっているのをぼんやりと想像するだけで口元が緩んだ。


「エッエッエッ…アーニャにも俺の研究がどんなにすげェかわかるか!」

「わかるべ!完成したら見てぇもんだなぁ」

「なら見にこい!俺はいつか絶対この国にサクラを咲かせる…その時にもう一度この国に来たらいい」


ニカッと笑ったヒルルクさんに一瞬きょとんとしたけれど、ただ嬉しくて、はいと笑い返した。

この国の人たちにヤブ医者なんて呼ばれていても、それでもこの国の人たちを想える強く優しい医者の夢が、願いが

この灰色の冬空を彩るように、薄紅の儚く優しい花が咲くことを祈りながら。


***


さくさく


「ヒッヒッヒ…あのヤブ医者に関わるとはお前さん変わってるねェ」

「!」


夜も近づいてきたしと街に戻ろうと歩いていると、夕闇の中、一人の背の高い派手な姿のお婆さんがでてきた。


「あ、貴女は…?」

「なんだい?若さの秘訣かい?」

「え、いや、それは聞いてねぇですけど…」

「アタシはDr.くれは。ドクトリーヌと呼びな」

「!貴女が…あ、私はアーニャですだ」

「ヒッヒッヒ…アーニャね…そうかい」


この人が魔女だとわかると同時に、含みのあるセリフにこの人は私の本当のことを知ってるんじゃないかと少しだけ不安になった。


「そんなに構えなくても、お前さんに何かする気はないよ」

「そ、そうだべか…ならよかった」

「ただ、お前さんには少し縁があってね…アヤ」


本当の名前を呼ばれて、目が丸くなる。

何故この人がしっているんだろう。

そんな気持ちが伝わったのか、ドクトリーヌさんの目が細まった。


「…母親には似てないね。随分とお人好しだよ」

「!は、母を知ってるんですか…?」

「よく知ってるさ…多分、お前さんよりずっとね」


まさかグランドラインで、母を知っている人と出会うなんて。


「…何故…母のことを…?」

「…それはお前さんの母親か、別の女がいつか教えてくれるだろうさ」

「…別の…(誰のことだろう…)」

「そうだよ…だからお前さん、もう少し周りを警戒するんだよ。自分については特に秘密にしな」


長い指が一本、ひたりと唇に当てられる。


「わかったね?」

「は、はい…」


真剣な言葉に一つ頷けば、ドクトリーヌさんは満足気に笑った。


「それじゃあ私は行くよ…お前さんもなんでこの国にきたのかは知らないが、早くこの国は出るんだね」

「え…?」

「この国はあんたが思うほど、今はいい国じゃないからね」


私に背を向けて、片手にしていた酒の瓶を煽りながら言って去るドクトリーヌさんの表情はわからなかったが

なにか、暗い影を落としているのはわかった。


「(…なんだか不思議な気分…)」


夕闇に染まる雪の森で、私より私を知る、魔女と呼ばれる女の人に出会うなんて、まるで物語の中みたいなことが起こったからなのかな。

でも今起きたのは全て現実だと言い聞かせ、宿に戻りながら、言われたことを頭の中で繰り返していた。



雪の国の魔女

(明日には街を出よう)
(ドクトリーヌさんの言葉は、信じていいと思ったから)



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