『オハラからパパは、天国にいったの』


昔、涙を一筋流していった母の言葉は、まだ人の死という概念の薄い5歳の私にはぴんとはこなかった。

でも、なんとなく天国という場所と、いつも病弱でも気丈な母の普段と違う様子から

もうパパは帰ってこないんだなあといいうことだけはわかって、悲しくなった。

オハラそのものが海軍が正義のために潰したと知ったのは、もう少し先の話だったけど

なんで、父は死なないといけなかったんだろうとずっとおもってた。

優しい父だった。

いろんな物語を聞かせてくれた父。

たくさんの生きるのに必要なこと、楽しいことを教えてくれた父。

大好きだった。自慢だった。

だからやっぱり思い出す度に悲しくて

でも母はもっと悲しそうだったから、泣かなかった。

それから、父が死んでしばらくして、うちに海軍の人がきた。

怖い顔で、難しいことを言ってた。ただわかったのは、父の死のことに関係してて、私たち家族に報告してたことだった。

母は話の途中で声を荒げ、もういい、帰って、と繰り返してた。

母の負担にしたくなくて、海軍の人たちを見上げて睨んだら、一番奥にいた、帽子とフードを深く被った、おおきな人と目があった。

するとその人が私に近づいてきた。

空気のびりびりとした感覚がした。

と、同時に目の前でしゃがんだその人は、大きな手を私の頭に置いた。

ごつごつとした大きな手。

父とは全然違う、けど温かい手。


「…海兵のおじさん…パパは本当に、もう帰ってこねぇべか?」

「…ああ、お前の父は二度と帰らない」

「…そ、なんだ…」

「…泣かんのか?」

「…パパは、アヤがわらってるときがいちばん好きっていったから、泣かねぇだ。

それにアヤまで泣いたら、ママが泣けないから」

「アヤ?」

「…アヤは、わたしのなまえだべ…」

「…そうか…アヤか。いい目をしている…」


ゆっくりと頭を撫でられた。

慣れてないのが伝わって、なんとなくそれがくすぐったかった。


「…アヤ、覚えておけ。お前の父が死んだのは、この世に悪がはびこっているからだ…」

「あ、く…?」

「そうだ…将来、悪に対し自分の正義を持つことがあれば海軍に入るといい」


お前の名前を覚えておこう。

そういってその人は、他の海兵を連れて去っていった。


「(不思議な人)」


名前も顔すら知らないあの人は、誰だったんだろうか。

今もたまにぼんやりと考える。


朧げな記憶

(またあの昔の夢だ)
(結局あの人は誰だったのだろう)
(ああ、それよりもうこんな時間。起きないと)


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