「ンマー…旅のお嬢ちゃん、いや、アーニャだったか。俺の弟子が迷惑かけたな」
「いんや…荷物をけぇしてくれたべ、もういいさね」
濡れた前髪をあげて苦笑を返してから、じっとり水を含んで重い腰巻きの布の裾を絞る。
水路を泳いで追いかけ、ヤガラさんが止まったのを見計らい水路を上がれば、そこは中心街の外れで
パウリーさんだけでなく、その師を名乗る男の人がいた。
その人のおかげで、荷物とヤガラさんを無事返してもらえた。
「しかしアーニャ…びしょ濡れだが大丈夫か?ヤガラブルを水路を泳いで追いかけてくるとは…ンマー…驚いたな。最初は人魚かと、」
「あはは…まさか…泳ぎが得意なだけだぁ」
ぎこちなく笑って返せば、彼の後ろにいるパウリーさんが、こっちから不自然に目を背けているのが見えた。
その頬は赤い。
「?パウリーさん…?どうかしたべか?」
「……前…」
「え?」
「っ濡れて透けてんだよ!下着が!ハレンチがァ!」
何故か理不尽に半ギレで言われた言葉に視線を落とせば、確かに上を脱いだせいでシャツが張り付いて下に着ている青ボーダー柄が見えている。
「…でもこれ、下着というか水着だから大丈夫だべよ?」
「そういう問題じゃねェよ!スカートも短けェ!!」
「(半分くらいパウリーさんのせいだけどなあ)」
なんとも言えない理不尽さを感じながら頬を掻くと、がっと片腕を掴まれ、引っ張るように歩き出した。
「せめてこっちきて乾かせ!」
「あ、え、でも…」
「まあ、あんたがそうなったのはパウリーの責任もあるしな、風邪でも引かれちゃ俺たちの責任だ。乾くまでゆっくりしてけ」
「なら…お言葉に甘えるさね…」
とまどいつつも、ついていくことにした。
***
「ふぅ…あったまるべ」
「ンマー…そりゃ良かった」
彼らはなんでも船大工だったらしく、ぶかぶかだが服が乾くまでとつなぎを貸していただき、ほかほかのココアを頂いた。
「でも船大工さんに会えたのは幸運だったべ」
「?なんだ船が欲しいのか」
「船が欲しいというか、この島から出る定期船について聞きたいんだべよ」
そう言うと、目の前の二人は顔を見合わせた。
「この島は定期船より、海列車が主体だしな…業船とかの方がよく出るからよ…」
「あんまり定期船ねェべか…?」
「海列車じゃいけねェとこに行きたいのか?」
「あー…まあそうだべなあ」
海列車は政府関係者もよく使う。客の中に混じっても見つかる可能性が高いからあまり使いたくないのが本音。
それに海列車の範囲はまだまだ本部に近い。すぐに見つかるだろう。それでは困る。
「…いっそ簡素でも小船でも買うべか…幾ら位するべ?」
「まあ…迷惑かけたし、ここで買うなら撒けて…今ある最安値の船は…こんなもんだな。だが、子供には払える額じゃ…」
「あ、それくらいなら出せるべよ」
提示された金額を見て、これなら下ろしてきた貯金でいけそうだとお金を入れた袋を開けながら、札束をどさっと取り出した。
「「!?」」
「これで是非売って欲しいべー」
航海術は海兵になる時に頭に叩きこんであるし、小舟くらいなら動かせる。
「…アーニャ…お前実はどこかの貴族か…?」
「へ?違うべよ…ただの旅人だべ…それに、実のところあんまり詮索しないでほしいんだべなあ…」
何も言わず売ってほしい、と困ったように笑って言えば、少し迷いを見せたあと、了承してくれた。
「明日には出せるようにする」
「助かるべ…えっと…」
「ンマー、そういや自己紹介忘れてたな。俺はアイスバーグだ」
「!」
名乗られた名前に思わず目を見開き、椅子から立ち上がってしまった。
「?アーニャどうかしたか?」
「っい、いえ…貴方が…アイスバーグさんだべか…」
まさか、こんな形で件のトムズワーカーズの一人に会うことになるなんて。
「なんだ?知ってるのか?」
「あ、その…街で、海列車について聞いて…」
「ンマー、なるほどな…」
どことなく悪くなった雰囲気に、申し訳なさを覚える。
トムズワーカーズの件は聞き及んでいるし
スパンダムさんの蛮行は知って、すぐ叱り飛ばしにいった。
しっかり聞いてもらえなかったし、後ろから背中を蹴られたけど、流石に許せなかった。
同じ人として、怒らずにはいられなかった。
「…その、トムさんという方…素晴らしい方だったんだろうなあ…一度ちゃんとお会いしてみたかったべ」
「ンマー…ありがとよ」
ぽりぽりと頭をかいて笑ったアイスバーグさんに、涙を堪えて眉を下げ笑い返す。
奪った政府に与する私が泣いては穢してしまう気がして、いけないと思った。
全て許されると確定していた人だから、余計。
「……、ごめんなさい…」
「?なにか言ったか?」
「…いえ、なんでもねぇべよ…(いつかまたしっかりと謝罪できる日を、必ず…)」
ぼそりとつぶやいた声は聞こえなかったようで、少し安心した。
今の私は、ただの旅人、アーニャなんだもの。
そう心中で呟いて、冷め出していたココアを飲み干した。
外へ飛び出し触れたもの
(やっぱりでてきてよかったのかもしれない。)
(知ることができた、見ることができた)
(世界の名のもとに私たちが踏みつけた、大切な何かを。)
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