「…ったく、なんでこんな仕事まわしてくんだ…」

「文句を言うな。与えられた任務である以上…仕方ないだろう」

「…わかってるがよ…」


西の海に浮かぶ、ロマナ島。元はオハラがあった場所の付近にある島だ。

アヤがよく話している、何よりも愛しているらしい平穏な故郷でもある。

そして、なによりも気にかけているたった一人の肉親でもある母親も、ここにいる。


「…嫌な仕事だぜ」

「…ジャブラ、最近お前はアヤに情を向けすぎだ」

「はあ?…んなことねぇよ」


ルッチの言葉に、内心の動揺を悟られないように答える。


「アヤに傾倒する気持ちはわからないでもないが…あまり肩入れしすぎれば身を滅ぼすぞ」

「…うるせぇな。勝手に俺を詮索すんじゃねぇ。それに、そのことで俺がこの仕事しくじるかよ」


ほっとけ、とルッチから目を背け、闇夜にまぎれ、街から少しはずれた森の中の家、アヤの実家にむけて歩き出す。

後ろでルッチがため息を吐いたのが聞こえてムカついたが

今回は集中しないとならねぇと、無視をした。


***


綺麗に草花で整えられた庭。

壁の一部をしだに覆われたこじんまりとした石造りの家。


「…この家だ」

「…(これが、アヤの生家か…)」


仕事じゃなけりゃ、喜ばしいとこだが…そうもいかねぇ

ルッチの野郎と視線を一瞬だけ合わせ、これが仕事なんだと扉を叩いた。

そうすれば家の奥から小さな咳が聞こえたあと、どうぞと返事がかえってきた。

その、どこかアヤに似た声音に固くなる心を抑え、家に入る。

小綺麗にされた部屋の中には、ベッドに腰かけたやせ細った女がいた。

ふわふわとした赤茶色の髪。

色こそ違えど、よく似た目つきの丸い瞳。

間違いない。


「あんたが…ショウガン・ハナだな」

「…こんな病人のところに夜更けにいらっしゃるなんて…いいお客様じゃなさそうね」


世界政府や海軍の関係者ってところかしらね?

そう言って俺たちを見る目は、どこか敵意と諦めがあった。


「…私の大切な一人娘は、元気にしているの?」

「…答える必要はない」

「私はあの子の母親…それくらい知る権利は、あるはずだわ」


どの道、私を殺すのでしょう?

そういってルッチの言葉にゆったりと笑う女の姿は、目眩がしそうな既視感を覚える。


「抵抗しねぇのか」

「…したら、殺さないのかしら?」

「いや、」

「なら、しませんよ。どの道私は…死期が早まっただけですから」


それで、あの子は元気?

そう言って、殺しにきた俺たちに笑いかける姿はやはり、アヤかと錯覚するほどで。


「…元気だぜ、てめぇの娘は」

「!ジャブラ…」

「いいだ狼牙。どうせこの女は始末すんだ」

「…」


それなりに可愛いがっているアヤの、実の母親だ。

せめてものの冥土の土産に、二度とは会えやしない娘の健在くらい伝えてもかまわねぇだろう。


「アヤは優秀だな」

「…貴方がたにくれてやるために、あの子を育てたわけではないけれどね」

「ケッ…アヤと違ってかわいくねェ女だ」

「…ふふ、あの子は父親似ですから…」


貴方がた政府に殺されたね、と言外に聞こえた気がした。

いや、気じゃないだろう。確実に意味に含めている。


「…嫌な性格してやがんな」

「真正直な性格じゃ、女手一つで子供を育てられませんもの」


けれどアヤは、私と違って素直で優しい子になってしまったから流されそうで、心配ね。

そういってくすくすとひとしきり笑った女は、ふぅと息を吐いて俺たちを見つめた。


「一つ、上の方に伝えてくれるかしら…」

「…何をだ」

「『正義をかさにきて、私から旦那と娘を奪ったあなた方を、私は憎むわ』と」

「!…」

「…アヤに貴方方が何をしようとしているのかは私には詳細はわからないけれど、ろくでもない事に使うのは目に見えている…

そんな貴方方を私は、たとえあの子が赦しても、あの子を愛するただ一人の母として、憎むわ」


どれほどあの子を、私という帰る場所から切り離そうとしても、無意味。


「…貴方方がどれだけアヤを愛していても、自分たちの正しさを押し付ける貴方方には、簡単にはあげないわよ」


自分の正しい想いを選ぶのは、あの子自身なんだから。


「…全てを知ったアヤが、貴方方をどう思うのかしら?」


そう、腹が立つほどアヤによく似た明るい笑顔で言い放った女に、俺はほぼ衝動的に、指銃を撃ち込んだ。

血を吐いて倒れた女の身体から飛んだ血しぶきが、ベッド横にあった写真立てを濡らした。

血濡れた手で掴んで見れば、それは家族写真。

笑顔で映る、母親と、オハラで死んだ父親だろう男。

そして腕に抱かれた、今よりもずっと小さな幸せそうに笑うアヤの姿。


「…チッ…」

「…ショウガン・ハナは…料理中に病が悪化し倒れて死に、家はついたままの火が燃え移って、消失した…それでいいな」

「…ああ、十分だろ」


アヤに知られたら?考えたくもねぇな。

ぱきん、と写真立てを握り、壊した。


***


ガシャン


「あっ!…あーあ…」


眠気覚ましに淹れたコーヒーのカップが指先から滑り落ち、綺麗なまでに砕け散った。


「一番お気に入りだったのに…(仕方ないべなあ…)」


破片を拾い集めようとしゃがんだ瞬間、なぜかぞくりとした感覚を覚えた。

言い知れない嫌な予感が湧き上がるのを振り払うように、疲れているだけだと頭をふった。


「……偶然だべ」


Need not to know

(…万事上手くいったようだ…母親は病の発作による事故死で片付いた)
(これであの娘の逃げ場所は一つ消えたな)
(しかし今はまだ死んだことを周りには伏せさせておこう…変に詮索をし、政府や軍への不信感が強まりかねん)
(ならば知らせには時間を置くとしよう)


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