「…とりあえず以上が今回の調査報告です」


あれから部下の言っていた家を調べ、確かに一人暮らしではなかったように思えたが誰が住んでいたか確定できぬまま島をあとにした。

そして私は今、帰りの軍艦の中でまとめた報告をセンゴクさんに伝えていた。


「そうか…わざわざ遠征ご苦労だったな。今日は休暇にしておいたからしっかり休んでくれ」

「わかりました…また明日から引き続き、その事件の真相の調査を…」

「いや…この件については終わりでいい」

「!え…?ですが、まだ襲撃した海賊のこともわかっていませんし、その一人もしかしたら行方不明者がいるかもしれないのに…不十分な調査です!」

「…他の仕事もお前にはある。一つの事件にかまけていていい存在ではないだろう」


この海では島の壊滅など珍しい話じゃない。

その言葉が冬の冷水のように心に浴びせられた。


「割り切れない気持ちも分かるが、割り切るしかないんだ」

「っ…ですが、もしかしたらその行方不明の人は生きてるかも…!」

「アヤ、軍は確かに群衆のためにあるかもしれんが、生存可能性の低い一人のためにあるのが軍というわけでもない」

「!」


センゴクさんの厳しい現実を孕んだ言葉に、言葉が出ない。


「生きてる可能性の低い一人を捜索か、確かに生きている大衆の不安を払うか、どちらを軍は優先すべきか…わかるな?」

「…わかり、ますが…なら…私だけでも調査を、」

「させられるわけがないだろう…お前は海軍と政府の総合情報を統括する部署の部長だぞ?…それなりの自覚を持ってくれ」

「っ…」


重ねられる正論に、二の句が告げない。


「それに…トムズワーカーズの件ももうすぐあるはずだろう?」

「でもあれは主体で動くのはサイファーポールですし…」

「だが、どうなったか知るのはお前の仕事でもある。意見がないならこの話はこれで終わりだ。少しは体と頭を休めろ…わかったな、アヤ」

「……わかりました。失礼します」


行き場を失ったもやもやとした不満を胸に秘めたまま、報告書をおいてセンゴクさんの部屋をあとにした。


***


「……」

「アヤ、なんだか不機嫌?」


もやもやとした気持ちを抱えながら部屋に帰る途中、たまたまおサボり中のクザンさんを見つけ、一緒に庭でお茶をすることになった。

緑と鮮やかな花に囲まれた庭の中、私が出したお茶を一口飲んだクザンさんが発した問いに少し顔をあげる。


「…わかりました?」

「まあね…お茶がいつもより渋いから」


アヤの感情は、作るものに出るもの。

お茶をおいてクザンさんは、私の両脇に手を入れて膝の上に向かい合うように抱き上げてくれた。

慣れた低い温度に落ちついて、クザンさんの胸元に顔を埋めて、ぎゅうっとベストを握れば優しく頭を撫でてくれた。


「…なにか遠征であった?」

「……遠征…というか、やりきれない…納得のいかない事が、あって…」

「…そう」

「……わかんないんです、これが…本当に正しいのか」


何が正しいのか見えない。

真っ暗で、明確な光が見えないような気分。

クザンさんのベストを握っていた片手を離して、何もつかめそうにない掌を見つめる。

するとその手を包むように、クザンさんの大きな手が重なり、驚いて見上げる。


「…アヤの考えてることは難しいことだよ、それはさ」


何が本当に正しいかなんて、誰にも本当なんてわからないことだ。


「ましてや子供のアヤの小さな手じゃ…アヤの理想に届かなくても仕方ないよ」


そう言って、クザンさんは掴んだ私の手にキスをする。


「海軍の正義は絶対的正義だけど…俺たちのそれぞれの正義のモットーは一つじゃないでしょ?」

「…は、はい…」

「だからアヤも…自分だけの正義を掲げたらいいんだよ」

「自分だけの…」

「そっ。自分の中にある正義を作ればいい…アヤはまだ確固たるそれがないから、悩むんだよ」


クザンさんの言葉は、すとんと私の中に落ちた。

確かに私は、いまだ海軍の正義という概念に振り回されてばかりで、揺るぎないものはなかった。


「…私は、私が正しいと思うことをしてもいいんでしょうか…」

「…組織だからやりすぎはいけないけどね…ま、いろいろやって見つけてくのも手じゃない?」

「………ありがとうございます、クザンさん」


海軍で働き続けるために、私は私の中にある、いまはまだ言葉にはならない正義感に従ってみようと思った。



名もなき正義感

(…ところでアヤ、10日ぶりだよね俺たち)
(?はい、そうですね)
(…久しぶりのアヤに癒されたいなって思うんだけど…どう?)
(!…『仲良し』ですか…いいですよ)
(なら今夜さ、そこの小屋でね?いつも通り二人きりの秘密だよ)
(はい、わかりました)


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