「…なんて酷い…」


海賊にやられたと聞いてやってきた新世界のとある島は、瓦礫の山。

目の前に広がる光景と、死臭と血の匂いに顔をしかめれば、先に軍艦から降りていた赤犬さんが近づいてきた。


「酷い有様じゃな、生き残りがいたら奇跡じゃけェ…アヤ、あまり期待は持つな」

「…はい」


一見冷たい言葉だが、この有様ではそれが事実だろうと短く返事をした。


「…確かこの街の人口は多くなかったはずじゃな」

「はい…60人程度の小さな街ですから…死傷者の確認はすぐ終わるかと」

「照合はどれくらいかかる」

「…全ての住民の遺体が確認できれば、私ならその場で確認できます。顔と名前のリストは頭に入ってますから」


軍艦の中で読んだ資料を頭の中で引き出し紡げば、赤犬さんが少し満足そうに口元を緩めたのが見えた。


「…やはりワシが見込んだとおりじゃな…上出来じゃァ」

「!…ありがとうございます」


珍しい褒め言葉に驚いたが、素直に受け止めておく。

遺体確認なんて悲しい仕事褒められるのは複雑だが、これも世界の情報のひとつ。

迅速に情報処理できるにこしたことはなく、それを纏めて頭にいれるのは私の仕事だ。


「(私は、私を引き抜いたこの人に恥じないように頑張らないと)…それじゃあ、仕事を始めましょう、赤犬さん」

「そうじゃのォ…おい、死体を見つけ次第この広場に全て集めろ」

「了解しました!」


赤犬さんの指示の下、部下の海兵さんたちが動き出す。

それを尻目にしゃがみ込み、足元の血のついた瓦礫の一部を拾った。


「……本当に、惨いことをするものですね…」

「…アヤ、いい機会じゃけェ、よくよく目に焼き付けておけ。これが海賊の…悪のすることじゃァ」


赤犬さんの言葉が後ろからふりかかる。


「だから悪は可能性から、ワシらが全て根絶やしにせねばならんのじゃ…絶対的正義の名の下に」


絶対的正義。

背負わねばならない言葉が、背中に重くのしかかる。

肩にかけたコートを思わず握りしめた。


「…たしかに、この島を滅ぼした海賊は私も悪だと思います…でも、海賊をしている者全てが…貴方は悪だと?」

「そうじゃ…穏和な奴らもいるなどと言う馬鹿もおるが…海賊など全て同じじゃけェ、いつ掌を返すともわからん…全ての海賊が悪の可能性を持っておる」


その確固たる過激すぎるような信念が現れた言葉に少し唇が震えた。


「…それは、…」


12年前もそう考えたんですか?

思わず口からでそうになって、唇を引き結んだ。

今はまだこれは聞いてはいけない、確信にはしたくない。


「(今そうだったと聞いたら私は…私はきっと…)」

「アヤ…?どうした?」

「…いえ、なんでもありません」


にっこりと笑って立ち上がり振り返る。


「…私は全て悪だと断定するにはまだまだしらないことが多すぎます…でも、これも海賊のやることなんだと、私は覚えておきます」

「…ふん。まだ甘ちゃんじゃのォ」


私は見てきた全てを覚えて、忘却はできない。

だからずっと見て覚えて覚えて、いつの日か、なにが正しく、なにが真実なのかは自分で答えを出そう。

たとえこの人の考えに、重ならなくても。

そう決めて、この町の住人のリストを記憶の中から引っ張り出すことに集中することにした。



結論は持ち越し

(ワシの考えに同意するには、まだアヤは甘すぎるか)
(私はまだ、ただ見たままに覚え続ける。正義を謳う海軍がしたことも。悪と蔑まれる海賊がしたことも)

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