「(ゆっくり本を読むなんて久しぶりだな…)」
資料室の中、高いハシゴの上に座ったまま古い伝説が書かれた本をめくる。
伝説の中にも歴史の事実がある。
そういうことで、こういう本も資料として海軍にも置かれている。
この手の物語が好きな私には、仕事の合間の、とても大切な癒しになっている。
「(やっぱり面白い…)ふふ、いいなあ…」
満足して、ぱたんと本を閉じた時ーーー
「っ危ない!」
「ふえっ?」
知らない人の大声と同時に、がたっとハシゴが急に揺れ、大きく横に倒れ、宙に身体が投げ出された。
「!?っきゃ…!(落ちる…!!)」
痛みを受けることを覚悟して目を閉じた。
だが、暖かいものに包まれ、痛みがこない。
「…?」
「…大丈夫ですか、ショウガン部長」
ふってきた低く落ち着いた声に恐る恐る目を開ければ、
黒いサングラスをかけた、見たことのない海兵の人の顔かあった。
どうやらこの人に抱きとめられたらしい。
「だ、大丈夫です…」
「…ハシゴが古くなっていたようですね…気をつけないと危ないですよ」
そういって、丁寧に降ろし、立たせてくれた。
この人がこなければ危なかった、と息を吐き出して頭を下げる。
「助けてくださってありがとうございます…えっと、貴方は…」
「ああ、俺はヴェルゴといいます」
「ヴェルゴさん、ですか…えっと、普通の喋り方で構いませんよ?」
落ちたショックと、ヴェルゴさんの丁寧で紳士的な立ち振る舞いに少しどきどきとしたまま
自分より年上の方だし、恩人だしとタメ口をうながしてみた。
「俺は部長より階級が低いんですが…構わないのなら甘えさせてもらう」
敬語は慣れないんだといって、茶目っ気がこもった笑みをみせるヴェルゴさんに、こちらまでくすりと笑ってしまう。
「(こんな人がいたんだな…)」
見た目は少しびっくりしたけど、中身はとっても親しみやすい人で、心がなんだかぽかぽかする。
「でも…何故資料室に?」
「ああ…部長に上官からの任務の報告書を提出しにきたんだ」
そういって報告書を手渡された。
「あ、なるほど…わざわざこんな場所まですみません」
「いや、むしろよかった…おかげで部長と劇的な出会い方ができた」
その言葉になんだか恥ずかしくなってきて顔が熱くなる。
「う、うう…そんな言い方しないでください…」
「ああ、すまない。からかいすぎた」
「いえ…でも、ちょうどいいタイミングできてくださって助かったのは事実ですから……
あ!そうだ、よければお礼にお茶でもいかがですか?焼いたばかりのお菓子もあるんですが…」
なにかお礼をしなければ、とぽんと両手を合わせて思いついたことを言ってみたら、まだ仕事があるからと言われてしまった。
それに少し落ち込むと、ヴェルゴさんは考えるそぶりを見せた。
「…今は無理だが…あとで休憩の時にお邪魔しても構わないか?」
「!は、はい…もちろん…!」
その提案に、曇りかけた気持ちが、ぱぁっと晴れてゆく。
なんでだろう?すごく嬉しい。
助けてくれた人だからかな?
また私と会ってくれるというのが、嬉しくてたまらない。
「それじゃあ、また後で行く…もうはしごの上で本を読むんじゃないぞ?」
「は、はい、気をつけます!」
そしてぽかぽかとする心を抱いたまま、にっこりと笑って彼の背中を見送った。
「(おいしいお茶を淹れてあげようっと)」
落ちた小鳥のお姫様
(利用できると踏んでいた新任の部長でなければ助けなかった)
(…だが、何故だ?)
(腕の中に落ちてきた姿と、純朴な笑顔がいやに頭に焼け付いた)
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