チリン、チリン


「さぁて、どこにサボりに行くかね…」

「クザンさぁーん!!」

「!あらら…アヤじゃないの」


後ろから聞こえた高い可愛い声に、キッと海に漕ぎ出そうとした自転車を止めて振り返れば

焦った様子のアヤが走り寄ってきた。


「もー!サボりはだめですよ!赤犬さんの機嫌が急下降の一途をたどってるんですから!」

「えー…仕事嫌い」

「もう聞き飽きましたよその台詞は!」


今日は逃がしません!と、ぎゅうっと片足に抱きついてくるアヤ。

なにこの健気で可愛い生き物。

これが巷で最近聞く、うちの子可愛いって気持ちか、と思いながらも仕事はしたくない。

どうしたもんか…


「ーーーあ、そうだ」

「?」

「アヤもサボればいいじゃん。ちょっくら自転車デートしよう」

「へ?」


きょとんとしているアヤをつまみあげて後ろにのせる。


「え、ちょ、クザンさん!?」

「つかまっといてね」


そしてアヤの返事を聞く前に、海を凍らせながら走りだした。

するとアヤが小さく悲鳴をあげて、腰周りに抱きついてきた。

すごく癒される。役得じゃないの、これ。


「あぅぅ…赤犬さんになんて言われるか…」

「まあまあ、一緒に怒られようじゃないの」


キコキコとペダルを漕ぎながらそう言えば、アヤはひとつだけ深くため息をついて、諦めたのか広がる海を眺めだした。


「…もう、今日だけですよ」

「はいはい」

「まったく…あ!イルカさんです…!」


海の中にイルカの群れを見つけたらしい。

表情をいっぺんに明るくさせた。

一度も見たことがない表情に、現金だなと思う以上に、少し呆気にとられる。


「可愛いです…!海面もキラキラしてて綺麗で…」

「…アヤって、もしかして海とか好き?」

「はい、大好きです!」


…今までまったく知らなかった。何が好きとか嫌いとか。

そういえばアヤは、誰も知り合いのいない慣れない場所にきて

これから先のこともしらないまま、毎日ずっと、前任の部長について仕事を覚えるのに必死で

よく考えたら海兵とはいえ、小さな子には酷なことしかしてなかった気がする。

悪の組織かよ。いやいや一応正義背負ってるけども。


「…なんか、ごめんな」

「え、なんですかいきなり?」

「いや…半ば無理矢理の任命だったじゃない?不満だったかなと思って」


初めは嫌がってたしと紡げば、背中のアヤは一瞬呼吸を止めた。

だがすぐに朗らかな笑い声が聞こえてきた。


「ふふ、今更言いますか?」

「まあ…そうだけどね…」

「たしかに最初はすごくびっくりしたし、戸惑いましたよ…なんで私が本部勤務なんだろうって。私はお母さんの医療費がなんとかなるならそれでよかったですから」


でも、と一呼吸置いて続ける。


「今はもうここで働く覚悟していますし、運命だったのかなと思うようにしてます」

「運命、ね…」

「はい…起こってしまったことを嘆き続けても意味はないし、悲しいし、さみしさが増えるだけですから」

「……しっかりしてんね」

「いいえ、明るくしてないと心配させてしまう人がいるからですよ」

「…偉いねぇ、アヤは」


優しくて、周りを見てるいい子だ。

気遣いも我慢もできる。

だからこそだろうか、ちゃんと可愛がってやらないといけない気がした。

まあ、それ以前に今はもっとアヤを知りたいと思う。


「アヤ、これからはアヤのこともっと色々教えて…俺さ、仲良くなりたいから」



教えてほしい

(私も、クザンさんのことしりたいです!)
(そっかそっか。なら、俺が好きなのはボインのお姉ちゃんかな)
(ぼいん…?)
(アヤはこれからに期待だよ)

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