コツコツ…
海軍本部に似つかない、軽やかな靴音が前から聞こえてくる。
目線をあげれば、書類の束を片手に抱え走る、赤茶色のふわっとした髪をした小さな年下の上官。
海軍の部署でありながら、世界政府直下の部署でもある過去、現在の情報一切を取り扱う情報伝達部。
その特殊な部署の最年少の長になったのが彼女、ショウガン・アヤ部長だ。
若干15歳にして、大将たちと並ぶ役職についている。
その少女が腰にまいたコートをひらつかせ、あわあわとした様子で走る姿に癒されつつ、敬礼をとる。
「アヤ部長、お疲れ様です」
「はい、お疲れ様ですモモンガさん!」
階級が彼女より下位の自分たちにも、まぶしい笑顔で丁寧に接してくれる彼女は、幼いながらも心優しい人格者だ。
彼女を見てると、彼女のために働いてやりたくなる。
そんなことを考えていると、また走り出そうとしていた彼女が思いついたようにこちらを見あげてきた。
「あの、クザンさん見ませんでしたか?」
「青雉さんですか?さあ…」
「そうですか…もう海に出ちゃったかなぁ…はあ…」
困ったように眉尻を下げてため息を吐き出したアヤ部長に、また青雉さんはサボりかと察して苦笑する。
「大変そうですね、アヤ部長」
「いいえ、もうクザンさんのサボりには慣れましたから…」
本部にきて1年経ちましたし、と苦笑を返してくるアヤ部長はどこかさみしそうに見えた。
「…部長?」
「!あ、いえ…故郷をでてもう随分たったんだなあと思っちゃいまして…」
「ああ…貴女の出身は西の海でしたね」
たしかワインが名産の、緑豊かな島だと言っていたと前に交わした会話を思い出す。
「実家にはお帰りになってないのですか?」
「はい…お恥ずかしい話…2年前、海軍に入ることで母とは喧嘩別れをしまして…」
仕送りは毎月してるんですが、手紙を出したことも手紙がきたことはなくて、どうにも帰りにくい。
そう語り、窓の外に広がる海を見る部長の横顔は、年端もいかない少女とは思えない憂いを帯びていた。
父親を早いうちに亡くし、病気がちの母親を支えながらの生活が、彼女の精神を同年代の子供より大人にさせたのだろう。
だからこそ、ここでも器量良くやっていけているのかもしれないが、まだ彼女は子供なのだ。
「…アヤ部長」
「はい?」
「何かあれば私にもいつでも言ってください」
直属の部下というわけではない。
それでも、心穏やかにさせてくれる少女の力になりたいと思う。
「貴女は私より年若いが…尊敬に値する上官ですから」
「…えへへ、ありがとうございます。モモンガさん」
膝をついて目線を合わせていえば、彼女は照れたように、穏やかに笑った。
その笑顔に、やけに胸が熱くなった。
護りたい
(幼い彼女の力になりたい)
(その癒しの笑顔が曇らぬように)
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