海原に奪われた視線を
アヤは海が好きだと謳う。
幼い日から変わらずに。
今日もまた、海に泳ぎに出たらしいと部下から聞いた。
「(いつまでも子供のように…)」
「っ…ぷは!」
船着場から海を見てため息をついた時、水しぶきをとばして、アヤが青い水面から顔を出した。
潮水に濡れたその顔は心底楽しそうで、生き生きとしている。
その表情は海に向けられたもので、能力者であるワシには一生わからない感情じゃろう。
するとアヤがワシに気づいて、慌てて海から上がってきた。
「どうしたんですか、赤犬さん。なにか用事が…」
そういいながら髪の先を絞る、濡れた姿のアヤの毛先から雫が落ちた。
近づけば、ワシら能力者を毛嫌う海の濃い香り。
かぎなれている匂いだが、ひどく鼻につくのはアヤがまとっているからか。
「?サカズキさん?なにか…」
「アヤ…海は危ないと言っておるじゃろう」
「え、あ、大丈夫ですよ…私は泳げますし、島から遠いところを泳いでいるわけじゃないですし…」
「海王類に一人で勝てるようになってから言え」
「うっ…で、でも海は気持ちいいですし、綺麗ですから…」
やっぱり私は海が好きです。
そう困ったように笑う。
ワシは元より海とは相容れる身でもないし、これからもそうじゃろうが
アヤを愛し、アヤに愛されたあの果てなく広がる青が、ただ憎たらしく思えた。
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