泡にすらなれない
「こんばんは、ゲート坊や」
「…エレシアか、坊やってのはよしてくれ」
「あらすみません、年下ですからつい」
くすり、とたおやかに笑い星の照らす夜闇から現れたのは
生きた伝説とされ、世界政府から追われる情報屋、エレシアだった。
渡り鳥のようにふらりと現れては、ふらりと消えて行く。
海のように誰より自由で、強い。そして美しい女。
「今夜はどうした?船長に用事か」
「いえ…たまたま通りかかったら貴方が見張りにいたのでなんとなく」
貴方の欲しいものの情報も最近小耳に挟みましたしね。
なんでもないかのように言われた言葉に笑う。相変わらずの早耳らしい。
「グラララ…なんでもばれちまうなあ」
「ふふ、情報屋は新鮮さと早さが命ですから…けれどほんとにほしいものは家族、なんですか?」
「ああ、ひとつなぎの大秘宝とやらにゃ興味はねぇが…家族は欲しいな」
「…」
「だからな…娘が大勢いるアンタが少し羨ましいぜ、エレシア」
「…羨ましい、ですか…」
「?…なんか不満でもあんのかい?」
「いえ…不満といいますか…娘たちがいるのはとても満足なんですがね…結局は一人なんですよ、私は」
娘は巣立ちますから…
そう言ったエレシアは少し俯いていた。
「娘たちはいつも私を置いていきます…私はそれが少しさみしくて、たまらない」
「!…エレシア…」
「…何十世紀も、同じことをして孤独になることの繰りかえし…」
なら辞めればいい。
そう言えたならよかったが、言えるわけもない。
老いることも死ぬこともないエレシアが情報屋を辞め、海を後にしてひとつところにとどまれるわけもない。
しかも追われてる身にはそれは自殺行為だ。
だからといって果ての見えねぇ命、終わらねぇ命を無理やり抱えさせられて、何百、何千年と広い海を一人渡りつづけるなど頭がおかしくなる話だ。
だからエレシアは、一時の安らぎと知りながら娘を求めた。
自分から新たな悲しみと孤独を生むと知っていながらも、求めずにはいられなかった。
「…ゲート…貴方が家族が欲しいなら、私は、私の隣を歩いてくれる人が、欲しい…」
「…」
「まあ…このような呪われた身体では、叶うはずがありませんが…」
「…叶うっていったらアンタはどうする?」
「…?」
「いや、叶う…じゃねぇか…俺がそれを叶えてやる」
エレシアが驚いたように目を見開く。
その見開かれた赤いルビーのような目を見て笑う。
「俺ぁアンタの隣にいてぇ…呪われていようがなかろうが…まあアンタ自身に惚れてんのさ」
「!…」
「だから、いつか数えを手にいれた時、俺はアンタにもいてほしい…俺の嫁としてよ」
「…ゲート…」
「…俺は呪われたままのアンタでも愛してやる自信がある…だが呪いが嫌だってんなら、俺はその呪いをかけたやつを潰してやらぁな」
「!?」
「グラララ…悪い話じゃねーだろう?」
すると見開かれていたエレシアのルビーの目が歪み、涙を流しながらどこか諦めたように笑った。
「っ…なんて素敵なお話…でも、だめです…私のために、限りある命を無駄にしないでくださいな…」
「…俺ぁ本気なんだが」
「…夢物語ですよ…ワダツミ様を見つけて殺し、呪いを解くなんて…」
その気持ちと、言葉だけで私はとても幸せです。
「貴方のような男に会えただけで、永い時を生き長らえたことが報われていますから」
涙を拭いながらそう言ったエレシアに歯痒さを感じ、腰を抱き寄せた。
「なら…俺がいつかそのワダツミって奴を殺して、アンタの呪いを解いたら…大人しく俺の女になれ」
「え…?」
「期限は俺が死ぬまで…海賊は欲しいもんは奪いとるもんだからな」
文句は言わせねぇ。
そう言えば、エレシアは綺麗な笑顔を少し歪ませて、また泣き出した。
「っ…そんなこと言って…いいんですか?私…ずっと、貴方に期待し、見つづけますよ…?果たされる日まで…」
「グラララ、最高じゃねぇか…アンタの記録書に書き留め続けてもらえんだろう?」
「…っ、…ええ…書き、続けます…貴方のことを…ですから、ゲート…お願い…私に希望に満ちた夢を、どうか与えていて…っ」
泣いて縋り付くように抱きついてきたエレシアを、抱きしめた。
「…夢で終わらせやしねぇさ、エレシア」
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