「へえ、それで怒って飛び出してきちゃったわけか」

「ああ」

遠い西の国にあるといわれる神殿を模した、建物の一室。

そこで、風丸はアフロディに向かって神童たちに関する愚痴を言っていた。

「うーん…君の気持ちもよく分かるんだけどなぁ…」

そう言ったアフロディは、白い腕を伸ばして風丸の頬に触れた。

「正直"真ゲルトルード"は人手不足じゃないか。容認してあげなきゃ君が死ぬよ。その神童くんって子、そこそこ強いんでしょ」

戯れのような口調で残酷なことを言われ、風丸の目に怒りと戸惑いの光が浮かぶ。

風丸は頬に触れているアフロディの手を乱暴に払いのけ、そのままその指を酒のグラスへと伸ばした。

「お前に何が分かる…!」

そう言って酒を煽ろうとした、その時。

風丸の手は、アフロディによって握りこまれた。

「分かるさ」

「離せ!」

「分かってないのは君の方だよ、風丸くん」

アフロディに握られた左手の指は全く動かない。離そうと躍起になっているうちにもう一方の指も握りこまれてしまった。

「僕にこうされただけでもう何も動けなくなる君が、そんな強がってどうするんだい」

「強がってなんか…」

「過去にあったことをずっと引きずって、立ち直ったように見せかけてまだ"エイリア"の強い力に憧れているんだ…みっともないね」

アフロディはそう言うと、握っていた風丸の指をそっと離した。

「自分の過去を断ち切って"真ゲルトルード"に入ろうとしてる神童くんの方が君より100倍立派さ」

「…」

黙り込んだ風丸の目に、薄く涙が浮かぶ。

アフロディと風丸は、いわゆる恋人の関係にあった。

10年間の間、ずっと付き合ってきたのだ。

アフロディのことは何でも知っているつもりだった。

なのに。

こんなに残酷なアフロディは知らなかった。

神を名乗り、自分には予言の力があると豪語するアフロディが、こんなにも真実を知っているという事も。

こんな残酷な真実を、残酷に伝える残酷さが彼にあったという事も。

何も知らなかった。

風丸の頬に一筋、涙が流れた。

アフロディはただ静かに、泣く彼を見守っている。



10分ほど過ぎただろうか、突如アフロディがぴくりと動いた。

続いて、窓を大きく開ける。

泣き止んでただ黙って座っていた風丸は、驚いて彼を見た。

アフロディが、聞いた事もないような荒々しい声で怒鳴る。

「そこにいることは知っている、さあ出て来い、グラン!」

「グラン」――その名前に、風丸は大きく肩を震わせた。



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