さあ





信心過ぎて極楽を通り越す、とはこういうことか。

レーゼは、神殿の中にある書庫から、神殿の前で跪く民衆を見て考えた。

今日はこのゲルトルード帝国の建国記念日だ。女神ゲルトルードがこの世界を、そしてこの国を創ったと伝えられている日。

毎年、この日には大勢の民衆が”神聖なる森”の奥深く、王宮の傍にあるこの神殿へやってくる。

そしておよそ7時間にも亘る礼拝を、冬の寒空の下で行うのだ。

この礼拝には普段は王宮に籠もって姿を見せない女帝もお出ましになる。

多くの民衆は自分たちが神と崇める女帝の姿を一目見るために寒い中をこうしてやってくるのだろう。



そんなことを止め処なく考えていたレーゼは、書庫の扉が開いて、閉まったことにも気付かなかった。

「レーゼ」

低くて柔らかい、なのに何か毒を孕んだ声音。

間違いなく”エイリア”隊長、グランのものだ。

レーゼは名前を呼ばれ、大きく肩を震わせて振り向いた。

「ぐ、グランさま…」

礼拝に出ていない事を怒られるのだろうか、そう思うと恐ろしくて堪らなくなったレーゼは、グランに震える声で言った。

「あ、の、申し訳ありません、今すぐ礼拝に…」

「怖がらないで、レーゼ」

レーゼの声をグランが遮る。

「ここで何してたの?怒らないから言ってご覧」

「あ…礼拝の様子を、見ていました」

ふうん、と別段興味なさそうに言ったグランは、無表情のまま「レーゼ、暇?」と言った。

「この後、何か任務とかない?」

暇だったからこそここでぼんやりしていたのだ。

レーゼは首を縦に振った。

今まで無表情だったグランの端整な顔に、笑顔が浮かぶ。

「じゃあさ、面白いところに連れてってあげる」

グランの言葉に、レーゼの背に冷汗が伝った。思わず一歩、後ずさる。

だが、逃げる事は叶わず、レーゼの腕はグランにがっちりと掴まれていた。

行こうか、と言われて手を引かれる。

神殿の裏を通り、人一人いない森の中へと連れて行かれたレーゼは、思わずグランに尋ねた。

「あの、どこに行くのですか…?」

そんなレーゼに微笑みかけたグランは、レーゼの手を掴んでさっと走り出した。

「レーゼは黙って俺についておいで」

そんな事を言いながら。



「グランはどこへ行った!!」

神殿前にある小さな小屋――”エイリア”隊員専用の休憩所に、ウルビダの怒りの声が響いた。

片隅で何かを飲んでいたデザームが「先程はガゼル様とともに神殿前の警備にあたっておられましたが…」と控えめに言う。

「そこにいないから聞いてるんだ!」と怒鳴ったウルビダは、すごい音を立てて小屋を飛び出した。

神の庭で走ってはならぬ、という言いつけを真っ向から破り、ガゼルを探し回る。

ガゼルは神殿の裏側にいた。

「なぜお前がそこにいる!お前の持ち場は神殿前ではないのか!?」

いつもの冷静さを捨てて吠えたウルビダに、ガゼルが淡々と「人ごみは嫌いだ」と答える。

「グランがどこかへ消えたんだ。先程まではお前と一緒にいただろう。あいつがどこへ行ったか知らないか」

あくまで冷静なガゼルに、ウルビダもいつもの落ち着いた口調に戻って尋ねた。

ガゼルが首を横に振る。

「そうか…私は持ち場へ戻るから、もし見つけたら近くにいる”ザ・ジェネシス”の奴に伝えてくれ。お前も早く持ち場へ戻れよ」

そう言って去っていくウルビダの後姿に、ガゼルは「くだらない」と吐き捨てた。

なにもかもくだらない。

今の女帝が吉良の傀儡だということも知らずに騒ぐ民衆も、

神になったようにつけあがる吉良も、

そんな吉良に従う自分も、

何もかもが。

心の中で自分に向かってばか者が、と呟きながら、ガゼルはすたすたと神殿の中へ入っていった。




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