人生とはゲームだ
「一ノ瀬!」
後ろから掛けられた声に、裏庭に向かって歩いていた一ノ瀬は緩やかに振り向いた。
彼の後ろに立っていたのは、長い髪を振り乱した風丸。
風丸の整った顔は、激情によって歪んでいた。
「どうしたんだい、風丸」
「いいのか、あいつらを仲間に入れて。足手まといになるだけじゃないのか」
風丸らしくない発言に、一ノ瀬が首を傾げる。
「足手まといになるかどうかは今から確かめるんだろ?」
風丸はそうだな、とだけ呟くと、一ノ瀬を置いてさっさと裏庭へ向かっていってしまった。
「まず神童出てきてくれ」
裏庭の中央で、鬼道が静かに言う。
隅に固まっていた5人の中から緊張した面持ちの神童が進み出た。
「神童は剣と戦闘の指揮が得意だったな。では、今から俺と木刀で仕合を行う」
「はい!」
神童の返事を聞いて鬼道は満足そうに微笑んだ。
円堂の合図で仕合が始まる。
神童が果敢に鬼道へ向かっていくが、鬼道はするりと避けた。
バランスを崩した神童に向かって鬼道が木刀を突き出す。
その様子を、風丸は険しい顔で見つめていた。
* * *
「皆、どう思う」
裏庭の片隅で、”真ゲルトルード”のメンバーに向かって鬼道が問う。
円堂が朗らかな声で「いいんじゃないのか?」と答えた。
「ちょっと足りてない部分とかはあったけど…でも、やる気は十分だしさ。一番大切なのはやる気だろ?」
「そうだな…半田はどうだ?」
「正直あの松風と西園ってやつの戦力は期待できないけど…残りの3人は十分強かったと思うよ」
半田の意見に他のメンバーたちも頷く。
だが、風丸だけは険しい顔で、裏庭の中央近くから心配そうにこちらを見つめている神童たちを睨んでいた。
「風丸は?どう思うんだ?」
円堂が風丸に尋ねる。
風丸は視線を神童たちから外さないまま、静かに「俺は反対だ」と言った。
「なんでだよ?」
染岡が心底不思議そうに問う。
それには答えずに風丸は、さっと身を翻した。
「10代の小童をこんなレジスタンス集団に組み込むのがどういうことか、分かっているのか!」
最後に、冷ややかなそんな怒鳴り声を残して。
「風丸さん…」
松風が心配そうに風丸の去っていったあとを見つめて呟く。
それに連動するように、”真ゲルトルード”のメンバーたちが溜め息を漏らした。
「お前たち、来てくれ」
鬼道がやはり静かに神童たちを呼んだ。
駆け寄ってきた5人に、彼が言う。
「一応風丸以外のメンバーは、お前たちが仲間になることに抵抗はないようだ」
「はい、ありがとうございます」
「しかし、風丸はお前たちが入ってくる事に少なからず抵抗を感じている。なぜか分かるか」
「それは…俺たちが弱いからですか!?でも…」
松風が声を荒げた。それを制した鬼道が、「違う。そうではない」と言う。
「”真ゲルトルード”に入るということは、お前たちがこの先の平凡で平和な人生を捨てるということだ」
残酷な言い様に、全員がはっと息を呑んだ。
「あいつはそれを心配している。お前たちが生半可な覚悟で我々の仲間になり、後々それを悔いることを」
「生半可なんかじゃ…!」
「それは分かってるよ、三国」
今まで静観していた一ノ瀬が口を開く。
「だけどね…風丸は”真ゲルトルード”に入った事を悔いたことがあるんだ。その結果、あいつは一時的に”エイリア”側へ寝返った。
その時のあいつの気持ちもよく分かったから、俺たちは”エイリア”になったあいつと戦ってあいつを連れ戻した。あいつは俺たちに迷惑を掛けたと、それを心底悔いているんだ。風丸が生半可な覚悟で”真ゲルトルード”に入ったから、俺たちに迷惑を掛けたんだと、そう思ってるんだ。俺たちはそうは思わないけどな…とにかくあいつは、お前たちが自分みたいになってしまうことを嫌がっているんだ」
それを聞いて、霧野が「でも…」と呟いた。
「俺たちは後悔なんかしません!」
「風丸も”真ゲルトルード”を結成したときにそう言ってた」
染岡は冷ややかにそう言うと、「自分たちが本当に覚悟を決めているか、自分の胸に聞いてみろ」と吐き捨てて立ち去った。
その後に続きながら、鬼道は松風たちに、
「3日間、時間をやる。それまでここにいていいからよく考えろ」
といい、屋敷の一室の鍵を神童に手渡した。
5人を残して去って行きながら、鬼道はくすりと微笑んだ。
もしあいつらが本当に覚悟を決めているなら、面白いことになるかもしれない。
「鬼道さん…」
去っていった鬼道の背中を見送りながら、神童はぽつりと呟いた。
「俺たち…帰った方がいいのかな…」
松風も、先程までの明るさが嘘のような沈んだ声で言う。
そんな裏庭の様子を自室の窓から見つめながら、風丸はちっ、と舌打ちした。
あいつらを見ていると、”エイリア”に取り込まれる以前の自分を思い出してしまう。
あの、何の自覚もない弱かった自分の姿を。
ひどく不快だ。
「あんな奴らと一緒に戦えって言うのか…!」
小声でそう呟くと、風丸は窓から離れ、寝台の上に無造作に置かれたコートを着て部屋を飛び出した。