「お父さま」
柔らかい低い声が、小部屋の中に大きく響いた。
訪問者に気付かずに窓の外を眺めていた吉良が、すっと振り向く。
「おや、グランではないですか。どうしたのです?」
そのグランと呼ばれた赤毛の青年は、吉良を見て静かな声で言った。
「また、あいつらが動き出しました」
あいつら――真ゲルトルード。
その行動は、吉良を深く信じているグランにとっては信じがたいものだった。
吉良の言葉は、女神の言葉そのもの。小さな人間如きが大いなる存在に牙を剥いたところで何になるというのか。
グランには分からなかった。
「”真ゲルトルード”…女神様の御名前を勝手に使う悪人ども。今度こそ、叩き潰してやりなさい…完膚なきまで。いいですね、グラン?」
「はい」
「先月でしたか…あなた方が全員で追ったというのに”真ゲルトルード”はまんまと逃げ遂せたのです。簡単な敵ではありません。ですが、奴らは私と陛下の敵…つまりは女神様の敵です。必ずや倒さねばならぬのです。分かっていますね、グラン?」
「はい、分かっております」
義父の言葉に頷き、一礼して部屋を出る。
我々”エイリア”が総出で戦ったのに、奴らを仕留められなかった。
その事実は、グランの心に大きな影を落としていた。あれほど尊敬するお父さまの願いを叶えられなかったのだ。
”エイリア”では負けは死を意味する。
”エイリア”隊長として皆を率い、敗れて帰ってきたグランは死を覚悟していた。
だが、吉良はグランを殺しはしなかった。
優しくグランたちを出迎え、「疲れたでしょう、汚れを落として今日は早くお眠りなさい」と言ったのだ。
グランはそれからさらに吉良を尊敬するようになった。
それが吉良の作戦だということも知らずに…。
「おや、ガゼルじゃないか」
吉良の部屋を出て無機質な廊下を歩いていたグランは、青白い髪の青年に出会った。
ダイヤモンドダスト部隊長、ガゼルである。
「…グラン。なんだ、吉良さまに呼ばれていたのか」
その淡々とした言い方に微量の棘が混ざっている。
ガゼルとグラン、そしてバーンは一時期、”ザ・ジェネシス”部隊長の座を賭けて争っていたことがあるのだ。
そんな棘など意に介さず、グランはふふ、と笑った。
「そうだよ」
「そうか」
ガゼルとグランがすれ違う一瞬に、二人の視線もすれ違う。
ここでも、戦いは始まっていた。