暑苦しい、イライラする。 そんな夏も終わり季節はあっという間に秋を迎えた。大会が終わった三年はテニス部を引退をし毎日顔を合わせていた先輩たちの姿を放課後にみることは少なくなった。模試や進路の勉強中気まぐれに顔を出す先輩達はチラホラいるのだがその頻度も夏の頃に比べると少なくて部内はすっかり世代交代を終えたのだと実感する。それは引退してしまった先輩の中の一人、謙也くんも勿論例外ではない。コートを走る金髪の太陽は秋と共に、消えてしまった。 そんな想いに浸りながらも俺がクソ真面目にここに来るのは、白石部長からの推薦で俺が部長になってしまったから。「ここ任せられるんはお前しかおらんから」と、長く尊敬していた白石部長に言われてしまっては断れる筈もない。それを後押しするのは謙也くんの「財前なら安心して引退できるわ」という言葉だった。何と無く期待されているのが嬉しくて「いつでも、遊びにきてくださいね。絶対」と俺は夏の終わりそんな言葉を送った。それは数ある気持ちの中で俺がまだ口にできる言葉の一つだった。
引退した三年の中でも謙也くんは顔を出してくれていた方だった。謙也くんを慕う後輩は多かったし俺も三年生がいるというだけで部長ながらに少し気持ちが楽になっていた気がする。責任逃れをしたい訳ではないがやはりまだ人を纏めれるような力が俺にはないし、練習時間の調整やその他の雑務さえまだ要領を掴めちゃいない。自分の練習以外にも他人に気を配らなければいけはいことも増えたし、正直どれもが手一杯だったけれどそれでも俺がテニス部を辞めず、この場所にいるのはアンタが、謙也くんが会いにきてくれるからで。 部活を共にする時間は減ってしまったけれど僅かだけでも共有できる時間が俺には嬉しくて大事だった。
そんなある日の帰り道。
「俺暫く部活これへんかも…」
ふと漏らされた言葉に俺は僅かだけ瞼を開け、隣の謙也くんを見た。何気無く言われた言葉の意味をじわじわと頭で理解する度に俺は返す言葉を失ってしまう。沈黙の違和感をどうにかしようと俺は言葉の詰まる喉で呼吸することに努めた。
「……そ、…なんや…。そうですよね、謙也くんも勉強しな赤点とって留年とか恥ずかしいもんな」
やっと出た言葉といえば無理矢理な納得といつも通りの皮肉で、多少声が震えているのも寒さのせいだと誤魔化すように首元のマフラーを深く口に当てた。
「誰が留年なんてするかアホ。あー、でも寂しいなぁ。部活も行けんってなるとお前ともあんま帰ったり出来ひんし」
「…そうですね。アンタおらんと部内も少し静かになりそうや」
俺と謙也くんじゃ学年が違う時点でいつかはくると分かっていた現実だ。部活に来る来れないの次元ではなくこの人が卒業してしまったら学校ですら会えなくなるのは、もうずっと前から分かっていた筈なのに。 その事実を受け入れている自分と受け入れられない自分が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っている。それは俺の心を苦しめて離さず蝕むように育ってく、ひたすらに寂しい感情と彼を恋しいと思う気持ちだった。 それに拍車をかけたのが謙也くんの言う「寂しい」という言葉だった。それは俺に会えないからではなく、部活にこれなくなる環境が、という意味なのは分かっているのに何故かやるせなくなって熱くなる目尻に少しだけ力が入る。同じ言葉でも俺とアンタではまるで意味が違う。寂しいのはいつも俺だけで、恋しいのも、いつも俺だけだ。つい最近までは苛立つくらい暑かったのに今ではカーディガンが手放せない。謙也くんがいなくなる想像すらしている暇もなかった夏が終わった。そんな数ヶ月前のことが随分と遠くにあるようで。塞がった過去の箱はもう外側からしか見ることしかできなくなってしまった。それらの思い出たちは褪せず輝いて、ただそこにあるだけ。戻れないし、届かないし、触れない。だからこそ俺は前に進むべきなのに謙也くんを思う度どうしても一歩が踏み出せない。振り返って、戻れもしない過去を思い出しては「あの時こうすれば良かった、ああ言えば良かった」とかいう意味のない後悔を繰り返す。離れるのが怖い、謙也くんがいなくなるの怖い。 今日この帰り道すら思い出にされていくのが、俺はとてもさみしいのだ。
「でも無理せんときや?何かあったら俺でも白石でもええし相談してな」
謙也くんはそう言っていつも通りに優しく笑っていた。そんな笑顔をずっとずっと見ていたいだけなのに。 そう言ったら、アンタどんな顔するんやろうな。想像もするのもアホらしくて俺は静かに頷いた。
131021
(もう少しだけ隣にいさせて)
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