いつもつまらなさそうに空を見る男だなと思っていた。
人に向かっては愛想ばかりを振りまく千石だったが、空を見上げている時だけはその笑顔をしまって。
その時のヤツが何を思って空を見ていたのか。動く雲を見て何を感じていたのか。
まあ、俺には関係ないことなのだけれど。



「亜久津の一番楽しい時ってどんなとき?」

「あァ?んだよ急に…」

「俺はね、亜久津といるとき、テニスしてるとき、美味しいご飯を食べてるとき、女の子といるときが一番楽しいなぁ」

突拍子もない質問をしておいて俺が答える前に自分の意見を言い始める。まるで主体性のない女みたいだ。いくつもの答えを出しておきながらそれでは一番とは言えないのではないだろうかと思うがそもそも俺にはくだらない話題だと思ったのでツッコみはしない。

「後ね、ぼんやり空を見てる時が好きかなぁ」

「…」

そう言いながら横にいる千石はこの屋上からの空を見上げていた。

「空見てるとさ、悩み事とか、それこそ俺なんてちっぽけな存在なんだろうなーって思ったり、良い意味でも悪い意味でも励まされたり攻められたりしてるような気がするんだよね」

「お前が?はっ。雨でも降るんじゃねーの」

「やだなぁ、俺の想いや行い一つで空が晴れたり雨が降る訳ないじゃん」


バカなの亜久津、と小馬鹿にされているような口調は気に入らないが正論と言えば正論で、確かにこいつの行いで天気が左右されんなら大体の日が晴れでも納得してしまうのは、他人に振りまく愛想だけは完璧だと俺でも思うから。

「今日頑張ったなって思う日に綺麗な夕陽をみると一日がんばったね、って言われてるような気がするし、悲しいときに雨なんか降ってると俺の代わりに泣いてくれてるんじゃないかって厚かましくも思ったりなんかしてさ。俺は時々、自分じゃどうにでも出来ない感情のコントロールを空にたくしては落ち着ける時があるんだよ」


こいつにもコントロールできない感情というのはどういうものなのか。例えば女に振られた時、自慢の髪型がどうにも決まらない時、3年でエースと言われながらテニスでは他校の2年に負けた時、などか。こいつが空を見上げてそんな大層な事を思っているとは知らなかったが、俺からすれば空なんて1日の景色を変える一つの要素でしかなくて。やはり千石という男の頭の中は俺には理解し難いし
、踏み込もうとしたところで得体の知れない沼の様なものにハマってしまいそうな気がして俺は疑問に思ったことを面倒だから聞き返さないのではなく、それに少しでも危機感を覚えているからこそ手を出さないのである。コイツと関わるならば適度な距離、適度な時間で十分だ。

「亜久津の隣はまるでそんな空みたいだなぁって思ってさ、甘えちゃうんだよね。こんな俺を亜久津は気持ち悪いって思うかもしれないけど愛想尽かさないで付き合ってくれたら嬉しいな」

そう言って肩に顔を傾けられて、その反動で咥えていたタバコの灰がはらりと落ちた。俺はそんな灰の色に、らしくもなく今日の曇り空を重ねたりなんかしてしまって。聞き流しているもりの千石の戯言も、知らず知らずの内に俺の脳味噌にはこびり付いているのかもしれない。
出会ったばかりの頃は簡単に振り払えた肩の重みも、今は自分の一部のようになってしまっている。
千石が言うように、晴れは励ましてくれているつもりで雨が泣いているようだと言うならば、あの曇り空はお前に何と言っているんだ。気になったところで俺はそんなことヤツには聞かないし、聞いたところでまた妙なことを言い出すんだろうと思うからその疑問を短くなった煙草と一緒に冷たいコンクリートに潰した。



180325


(振り払えない。)



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