ジローが学校に来なくなって1週間が経った。
こんなにもジローに会わないのは初めてで、いつもの学校が余計につまらないものに思え俺は授業中も部活の間も上の空だったけれど、それに気付いてツッコんで来るようなやつもいないし(感情を隠すのは上手いほうだと思ってるので)俺はジローが登校してくるまでのあと一週間を、指折り数えて待つことにしている。


そもそも何故ジローが学校に来ないのかというと、その理由は1週間前に遡る。結論から言うとジローが暴力事件を起こした。
暴力事件といっても、事情を掘り下げると相手の方が悪いのだけれど、結果的に相手を病院送りにまでしてしまったジローの行いは褒められたものではなく、1週間の自宅謹慎を突きつけられたジローは「もっと寝てたいんで2週間にしてください」なんて学年主任に言うもんだから本当に2週間になってしまった。


1週間前、丁度昼休みのことだ。

ジローと俺は、その日は学校の裏庭で昼を一緒に食べていた。夏は屋根のない屋上よりも、校舎の影で過ごす方が気持ちよかったから。ジローはサンドイッチだけをペロりと食べて直ぐに俺の膝で眠ってしまって、俺はジローの顔の上でお弁当を落とさないように気をつけながら柔らかい卵焼きを食べていた。
そんな時、地面の葉が擦れる音と共に誰かの足音が近付いてきた。

「おい、忍足ィ」

聞きなれない声だったが顔を上げて声のする方へ向く。
そこには数人の同級生(だと、思う。名前も顔も知らない)がいて、とても一緒にお昼を食べようよなんて穏やかな雰囲気ではなくて、明らかな敵意を込めた眼差しで俺を睨みつけていた。

「なんか用?今昼食べてるし、用なら後にしてくれへん?」

「テメェ俺の女に手ェだしたんだろ?!!」

俺の要望はあっさり無視され、代わり真ん中の男から怒鳴り声を浴びせられた。少し興奮気味だったのかその声はかなり上擦っている。女に手を出しただって?そんなのは、身に覚えがない(少なくとも、最近は)

「や、何のことかサッパリ分からんのやけど…」

「嘘つけ!!俺の彼女が…テメェに好きって言われたって嬉しそうに話してやがったんだよ!!」

「はぁ? 」

いやいや、好きって。誰が誰にやねん。
心の中のツッコミの方が早くて言葉にはでなかったけれど、記憶にないその言いがかりに俺はイライラを隠して誤解を解こうとした。

「好きなんて言ってへんし、そもそも自分の彼女が誰かすらも知らんし、そいつの勘違いちゃうん」

「あぁ?俺の女が嘘ついてるってのか!しかもなぁ、そいつ、お前が好きになったっつって…昨日俺と別れちまったんだよ!!」

「…」


別れたのなら、それはもうお前の女でも彼女でもないと思うが。と思ったけれどこれも言葉にはしなかった。相手の勘違いにしろ、別れた原因の俺に対して相当怒ってることは分かる。
こんなのは本当に勘弁して欲しい。
大体俺が好きなのは目の前の男がいう女でも、街を歩く年上美人でもなく、今膝で眠っている小さな少年だ。

いや、眠っていた少年、だ。

「ふぁ…、んだよもう。っせーなぁ…、忍足なにコイツらー」

俺と男のやりとりに、どうやらジローが目を覚ましたらしい。途中で起こされたことを不機嫌そうにしながらジローは上体を起こすとその原因に対して冷たく言い放つ。

「うっさいから消えてくんない。昼寝の邪魔。あと俺と忍足の邪魔」

「知るか!!コイツが…俺の女取りやがったんだよ!!許せるか!」

「は?…おったりどゆこと?浮気?浮気なの?」

「ちゃうわ、何でそうなんねん。言いがかりにも程があるわ…」


まさかジローに疑いの眼差しを向けられてすぐに否定しておく。ジローも、俺と名前も知らない同級生となら、俺を信じてくれたらしい(当然だ)

「勘違いって言ってんじゃん。大体忍足がその辺のブス相手にする訳ねーし、なんなら忍足には俺っていう恋び、」

「あああああ。はいはい。ジロー、もうええから。そこまで言わんでええから」

庇ってくれるのは嬉しいものの、一応付き合ってる事は秘密なので俺は慌ててジローの口を手で塞いだ。そんな行動すら気が立っている男のカンに触ったのか、ここで事件は起こった。

「こんの…訳わかんねーこと言いやがって忍足ぃ!!」

なんと男はジローを押しのけ、俺の胸ぐらを掴み、拳を上げたのだ。

「っ、!!」

咄嗟のことで俺は目を閉じて自分を庇うしかなかった。来るであろう痛みに顔を歪めて身を引く。
けれど待てど暮らせどその痛みが俺に降りかかる事はなく、目を開けると映ったのは男の手首をぎりり、と握るジロー。
そのジローの顔は、とても怒っている風に見えた。

「て、テメ何しやが、!」

「オメェさぁ〜、俺の昼寝は邪魔するわ、変な言いがかり付けに来るわ、挙句忍足殴ろうとするなんて何様なの?」

「だってコイツが…っ」

「はいはい。ウザイ。つか女取られたくらいでウダウダ男の所に来てんじゃねー、よ!」

その瞬間、ボコッ!!という音がし、男は倒れた。
ジローに頬を殴られたのだ。ついでに腹も蹴られていた。
そんな姿を見ているしかなかった俺と男の仲間は一瞬時間が止まったように固まった。
そして我に帰ったように仲間は男に大丈夫かよ!!き、救急車ー!なんて騒いでいた。
ジローの力が強いのか、相手の男が弱いだけなのか。男は完全に伸びていた。
漫画のようにわかりやすく腫れていく頬がとても痛々しい。こんな顔では、女に復縁を迫る前に逃げられてしまうだろうなと呑気に考えていたものの、騒ぎを聞きつけた教師が来たり事情を聞くのに呼び出されたり。とにかくその後は残りのお弁当を食べる暇もなくバタバタだった。

幸い、俺の普段の行いが良いため(俺は自他共に認める優等生や)ジローは悪くないといえば教師はあっさりと信じてくれた。しかし学校側としては表向きだけも何らかの処分をしなければいけないらしくそれが1週間の自宅謹慎であった。
まぁ、ジローの発言でそれがまた伸びたのは冒頭にも書いたとおり。
幸い相手の男も大事には至らなかったらしくその日の内に目を覚まして次の日には頬に大きなガーゼを貼って登校していた。
よほどジローが怖かったのか、その男と校門ですれ違ったとき怯えたような顔で逃げていったので、この件はジローのお陰で一件落着(?)したのであった。
そんなこんなで、ジローと1週間会っていない理由は以上である。

「それにしても…あと1週間か」

付き合う前も付き合ってからも、何となく毎日一緒だったからか、俺には会えない1日も長く感じたけれど、1週間ともなるとジローが隣にいた事がもしかしたら夢だったのではないのか?という感覚に陥るくらいに俺は割とこの状況に慣れてしまっていた。
ジローがいないと彼を起こす為に跡部に駆り出されなくて済むし、授業もサボらずに済む。生活的にはいい事の方が多い気がした。
ただそんな1週間が楽しかったと聞かれればそうではなくて。
やはりジローと一緒にいる方が俺は笑っている気がするし、例えジローにサボリを付き合わされて遅れた授業のノートを字の汚い岳人に借りることになっても、空調の効かない校舎の裏庭で汗をかいても、ジローと過ごせる時間の方が俺にとっては大切だった。

「まぁ、あと1週間位ガマンやな…」

何より今回のことで、俺をかばってくれたジローがどこかで読んだラブロマンス小説の王子様よりもかっこよく思えて、俺はそれを思い出す度に頬が緩んでしまうのだった。これをおかずに、あと1週間位は我慢できると思う。




160811



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