過ぎ行く季節は巡り巡って、枯れた木はまた桜を咲かせるように。 俺は社会人になって三年が経った。
特に将来の夢なんてなかったものの、元々好きだったパソコン関係の仕事に就きたかった俺は知り合いのコネとコネを駆使し名前を聞けば誰もがCMくらいは浮かべる大手企業に就職することができた。 「日々勉強、謙虚と感謝を忘れずに。」 という社訓の通り、入社して間もなかった俺は仕事をするというよりは知識を蓄えるのに必死な毎日を過ごしていた。辛くないといえば嘘になるが、忙しい分余計な事を忘れることが出来て俺はその効果に取り憑かれたよう勉強に励んだ。 「余計な事」というと彼は怒るかもしれないが俺がわざわざ地元を離れ東京に就職を決めたのもこのクソ忙しい職種を選んだのも、全ては謙也くんの事を忘れる為だった。
中学、高校と一緒だった俺と謙也くんは1歳の年の差と男同士という高い壁を乗り越え恋人として付き合っていた。 2人でいるとしょうもない事でも笑い合えたり、思えば楽しいことばかりだったような気がする。 そんな俺たちも、大人になるにつれてすれ違うことが増えた。 時が経ち、謙也くんは地元の医大に進みそれはそれは忙しい(いまの俺と比にならないくらいに)日々を送り会えない日が続いた。当たり前に隣にいた謙也くんが隣にいることも少なくなって、大学へ進んでも単位が取れる位にしか勉強せず時間を持て余していた俺とのギャップは目に見えて明らかで。 そんな寂しさをぶつけるよう俺は謙也くんに二択を迫った。
「謙也くんは勉強と俺、どっちが大事やねん」
それはいつか自分が馬鹿にしていた女みたいな言葉だった。 言った後になって愚かな質問をしたと後悔したけれど、それ以上に許せなかったのはどちらも選ぶことをしなかった謙也くんだった。 当時の俺は嘘でも俺を選んで欲しかった。でもその言葉を聞かせてくれない謙也くんにとてもイライラして、悲しくて。
「謙也くん、もう無理や。別れよ」
感情に任せて告げた一言は俺と謙也くんの過ごした日々を呆気なく終わらせてしまった。
思い出す度ほんとに馬鹿だったと思う。 俺は意地とプライド、寂しさと悲しさだけで大好きだった謙也くんに別れを告げ地元を離れて東京にまで来てしまったのだ。なぜ別れの言葉を撤回しなかったのか。なぜ一言、言い過ぎたと謝れなかったのか。ここまで自分が素直でないとは思わなかった。謙也くんと付き合って少しはマシになったと思ったのに。俺は俺のまま全然変われてなかった。
「明日も仕事か…」
明日は土曜日で本来なら休みの筈なのだが任されているプロジェクトが平日では終わらず休日を返上しての仕事となってしまった。入社した頃よりは仕事の要領も掴み、決まった数式に決まったコードさえ当てはめ続ければ形になるプログラムを永遠に組み立てていく。パソコンのキーを打つたび、過ぎていく時間。 謙也くんを忘れたくて必死な俺の痕跡は目の前で完成されていくコンピュータプログラムの数に現れているようだった。 しかし何時間、何年と経とうが、俺は謙也くんを忘れられなかった。街中で金髪を見かけるたび、晴れた日の太陽を見るたびに、思い出すのは謙也くんのことばかり。 携帯を鳴らせば声が聞けるのに。新幹線の切符を買えば数時間で会えるのに。 臆病な俺は3年経った今でさえ、謙也くんにごめんなさいが言えないでいる。 こんな俺を、謙也くんはまた笑顔で迎えてくれるのだろうか。 それとももう遅いのだろうか。 (謙也くん、ごめん。ほんとは別れたくなかった。好きやねん、謙也くんが好きや…)
心の中では何度も言えるほんとの気持ちに情けなさを覚えた。 キーボードを叩く手が止まる。俺はスマホを取り出して謙也くんの名前を出したけれど、やはり通話ボタンだけが押せない。自分勝手で意地っ張りな俺に、泣くなんてワガママが通用するとすればそれは謙也くんの胸の中だったような気がする。
160625
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