自分の全てを理解されようなんて思わない。育ちも考え方も違う他人を100受け入れようなんてこと初めから無理な話なのだ。






この世に生を受けてから二十歳とちょっと。誰もが戻りたいと願う青春時代には拳を振るった記憶しかない。もっというと喧嘩しかなかった。俺は基本的に争い事が好きじゃない。何でも暴力で解決しようとする奴は嫌いだし、言葉で解決できるならそれが一番だと思う。
しかし神はそんな俺の真っ当な考えを嘲笑うかのようにこの能力を与えた。最低限の平和すら望めない生活に拍車を掛けたのは危険人物の代名詞、折原臨也だった。

――バキッ、ガタンッ!

「ひ…ひぃっ!許し、」

相手が許しを乞うより先に静雄の拳は男の顔面にストレートした。先ほどまで確かに目の前にいた何人かの男達は蟻ほどの小ささにしか見えないほど遠くに飛ばされていた。男達の物だろう残されたナイフを見て静雄は舌打ちをし靴の側面で思い切りそれを横に蹴った。
池袋の危険人物、その代名詞を背負うもう一人の男がいる。
臨也とは違い基本的にきちんと堅気の仕事をこなす彼はいつだって堂々と街に現れた。池袋に住む者なら金髪にバーテン服は赤信号よりも危険な存在だと常識的に知っている。ゴミはゴミ箱に。開けたら閉める。当たり前のことだ。それ位当たり前に危険な存在の彼なのだが、たまに地方からやってくる身の程知らずの族に絡まれる事だって少なくない。静雄を倒せば池袋最強、そんな名誉を求めてやってくる者達は後を絶たないのだ。

「あーららシズちゃんまた喧嘩?ダメじゃない、暴力はさ」

「テメェ…、お前がそれを言うかよ」

「やだなぁ俺は暴力は振るわないよ、」

自分ではね、と意味深に続いた言葉に静雄の額に更に皺が寄った。
手に染み付いた血は先刻出会ったばかりの男達のもの。鉄臭さはしっかりと鼻にまで届いているし拳の骨は人間を殴った生々しさがまだ新鮮に残っている。
――全く反吐がでる。
今日は取り立ての仕事も予定より早く終わった為長く得られた休息の時間も、今の抗争ですっかり奪われてしまった。自分が普通の人間より少し力があるとは言え身体を使えば使うだけしっかりと疲労は溜まるのだ。そこだけはしっかりと人間臭いというか、生き物らしい反動である。
昔から自分のこの、破壊的な能力を恐る者こそ多かった。
俺を見ただけで逃げていく名前も知らない者達。生まれた時期が現代ではなく戦国時代とやらであったなら俺は一人でも天下統一が出来たと思う。しかし自分は根っからの平和主義者だ、名前に恥じぬような人生こそ理想、しかし暴力で平和は生まれない。戦争がそうであるように。少なくともポツダム宣言が発表され無条件降伏を余儀なくされてからの日本では俺の力など望まれていないどころか排除したい位の代物である。つまりは要らぬ存在、出来ることなら消えて欲しい存在なのだと思う。歩くだけで一般市民の恐怖を煽る、動く爆弾のような生き物を誰がどうして好きになれようか。逆の立場なら俺だって御免だ。

しかし臨也は少し違った。
俺を恐るより、その力の利用を考えた。

俺は力こそあっても学に関しては並程度だった。特別出きるわけでも出来ないわけでもない平々凡々の頭である中、臨也と新羅は来神の問題児ながら飛び抜けて学業の成績は良かった。臨也に関しては妙な悪知恵も働く奴だった。小悪党な笑みで俺に「仲良くしないか、」と持ち掛けた。言葉こそフレンドリーに感じるもののそこ友情なんて目的は微塵もなく、ただ言い換えれば臨也楽しませるための駒にならないかという意図だった。

(気に入らない、)

何を考えているのか分からない、笑みで守られた思考を読み取る洞察力など自分にはないし臨也が本当に、純粋に自分と友好を求めて近付いてきたとしても俺は俺を恐れないコイツに不信感を覚えた。厄介な奴に出会ってしまったな、と客観的に自分が自分に告げる。これならばまだ恐れられていた方がマシだ。

臨也がこちらへ近付くのに、俺は反射的に拳を振り上げたが軽々しく避けられた。空ぶった拳を再び奴に目掛けたが宙を裂くだけで当然なんの致命傷にもならない。

「シズちゃんはさぁ、気に入らない奴だからって殴って殴って、それで気が済むの?とんだジャイアニズムなんだね。」

「ッテメェがそうされてもおかしくないような事ばっかしてるからだろうがッ」

「俺が?あーそっか、俺が黙って新宿行っちゃったから寂しかったのか。ごめんねごめんねぇ置いてけぼりにして。なんなら今からでも一緒に住んじゃう?」

「誰がテメェとなんざ暮らすか、ライオンと暮らす方がマシだ」

「ライオン?あはっ、ちょっと、あんまり可愛いこと言わないでよ。そんなに飼育して調教された、」

「くねぇよ別に!!」


こいつの笑顔が嫌いだ。面白くもない事に笑うこいつの笑顔が嫌いだしズル賢さを更に強調しているような気もして腹が立つ。そうして当たらない拳も腹立たしい。確かに気に入らないからといって暴力を振るったところで気が済むのはせいぜい数分の間だけで、その後は疲労やら血の臭さや肉の感触なんかに胸糞悪くなるだけだ。しかしその胸糞の悪さと引き換えにせいぜい数分の気晴らしを選んでしまうのもまた事実だった。

「悪循環なのが分かんないかな。シズちゃんは暴力が嫌いなんだろう?なら振るわなければいい。簡単だ。俺に何をされ言われたところで拳を一ミリもあげる必要はない。」

「なぁ、」

「でも出来ないんだろ?俺を殴りたくて殴りたくて仕方ないんだろ。殴ればいいよ、でもそれで本当に気が済むのかな。後悔しないのかな。血の臭いが嫌いなシズちゃんに。骨と肉の感触が嫌いなシズちゃんに。」

「殺して良いか」

「ダメに決まってる。俺はまだ死にたくないからね。あの世がこの世よりも面白いっていう絶対的な保証があるならば今すぐにでも逝くけどね。」


分かったような口を効くが事実だった。血の臭いも肉の感触も好きじゃない。そんな根っからの嗜虐趣味もない。しかしそれを承知した上で臨也は俺に何人もの族を回す。それも間接的に操るように、俺は身を守るために結局力を使わざるを得ない。

「シズちゃんさぁ、自分だけがまともに生きようなんて許されないよ。俺の知らないところで詰まらない人間にはなってくれるな。そんなシズちゃんを俺は愛してはやれない。」

狂った者は、狂った者を見て安心する。
驚いた。臨也は自分の正統なアイデンティティーを確立する為に俺を愛するというのか。

「っ、」

いつの間にか近い顔の距離に、いつものあの笑顔があった。下から覗き込まれるのは生意気で好戦的で、しかし真っ直ぐと恐れなく俺だけを見る視線。
(動けない、)

「俺はシズちゃんをありのまま受け止めてやれる。だからシズちゃんもそろそろ――」











日は暮れていた。風が少しだけ冷たかった。
拳にこびりついた血はもう乾燥して真っ黒になっている。水道の水でごしごしと洗い、爪の中まで綺麗に綺麗に洗った。石鹸を付けて付けて、汚れこそ落ちたものの水の音と聞こえるのは今や目の前にすらいない臨也の声、

――俺を愛しなよ
甘い誘惑だ。この世で奴しか俺を受け入れられないような言い方をしやがる。愛することで受け入れてやるだって、そんな取引のような愛情なんて御免だ。
しかし心の何処か奥で、愛していると向けられた言葉に疼きを感じている。寂しい生き物だ。人間である俺も、愛に飢えることがある。
俺が臨也を殺せないのは決してそこに好きだからとかの愛情による後ろめたさからではない。俺の力をあわよくば利用しようとし、自分の欲求だけが満たされれば満足だという最低な奴だし大嫌いなことに変わりはない。

――「愛されたいと願うのは人間の本能なんじゃないかな、いつまでもそれに逆らって生きていけるほど君は強い人間なのか?」

まともな愛こそ微塵も感じられないものの、俺が真に臨也を殺せないのは、
今も昔も、臨也が数少ない俺の理解者だったからだ。



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