※学生時代



少し背伸びがしたいだけなのかもしれない。想像もできない未来の自分に出来るだけ早く近付きたかった。


「またこんなところで煙草なんて吸ってるんだ。シズちゃんの肺が泣いてるよ。」


先刻まで、静雄の耳には穏やかな風の音しか聞こえなかった。寝転んでいるため視界は申し分ない青空で埋まり、心地よい眠りさえも促す春の空気を一気に割いたのは、一番顔を合わせたくないランキングNo.1の折原臨也であった。嫌なほど聞き慣れた声と青空を遮る嫌味な笑顔。綺麗だった平和島静雄の額には二、三本の皺が寄る。


「あァ?肺が泣くかよ」

「泣くよ。俺には聞こえる。ニコチンこないでーっ!てね」

「俺の脳はテメェに来るなと言ってるがな」

「残念、それは聞こえない」


上から覗き込むようにして笑みを浮かべる臨也に眉を潜めたまま起き上がると静雄は黙って本日7本目の煙草に火を付けた。傷とホコリだらけの学ラン、痛みまくっている金髪。不良っ子の典型だと思いながら臨也は隣に腰を降ろす。
慣れた風に火を付け煙草を加える姿は、制服さえ着ていなければ大人の男そのものだ。身長も高く容姿も申し分無い彼は、異常にキレやすいという点さえ覗けば学校内ではトップレベルのモテ男となっていただろう。実際何も事実を知らない他校生の女子からは何度か一目惚れだと言ってラブレターを渡されたこともある。
それは臨也も同じのようで、気付けば片手には一通の封筒が握られていた。

「んだよソレ、PTAのお知らせか?」

「ううん、ラブレター。今朝渡されてさ」

「…その女も哀れだな」

よりにもよってこんな奴に惚れるとは。静雄は名前も顔も知らない差出人の女の子に心底から同情した。
ギャップというのは武器らしい。例えば普段横暴なガキ大将が小動物には優しかったり、勝ち気な女子が案外涙脆いなど。今まで持ち合わせていた先入観を変えるような本性を見たときよりその人を好きになれたりする。
しかし、隣の男に限ってそんな相乗効果をもたらすようなギャップなどありはしなかった。
見た目こそモデルをしていると言っても誰も疑わないだろう。その容姿は静雄でも認めている。しかし中身は腐った蜜柑以上に食えない奴だった。
人の弱味につけ込むなど朝飯前、それをえぐって更に追い込む口の上手さはSSランク以上の称号を与えてもよいほどだ。(褒められたもんじゃない)
それを目の前で見せられたこともあるし、実際に身を持って体験したことのある静雄にとって出来る限り臨也との距離を離しておきたかった。
しかし望みもしないのに、臨也はこうして毎日現れる。

「あははっ、『毎朝みてました、一目惚れです。付き合ってください。』だって。」

「…笑うとこあったか?」

「だってオカシイじゃん、コイツは俺の何を見て何を知って何が好きなんだろうね」

「一目惚れって書いてあんだろ、顔じゃね」

「顔ねェ。ならこの子は俺の顔もがシズちゃんなら惚れてなかった訳か」

「殺すぞ」


きっと何時間、いやもしかしたら何日、何週間とかけて文章化された愛の一枚を臨也はまるでゴミでもみるかのような目で律儀にも読んでいる。
誰かが寄せる純粋な行為に対してこうも蔑んだ目が出来るのを差出人の彼女が知っていれば、ラブレターなんぞ書くこともなかっただろうに。きっと同い年かそこらの学生だ、その時間さえあれば英単語の一つさえ覚えられた筈。やはり哀れだ。静雄はもう一度心の中で繰り返す。

「器しか知らない、性格も分からない。でもこの子にとっちゃ俺は青春時代に現れた素敵な王子様って訳だ」
「自分の想像…いや妄想かな。それだけで俺という人間の中身を確立している」
「実に興味深いなぁ。コイツにとっての俺はどんな俺なんだろうか。名前を呼べば笑顔で応える?ハンカチを落とせば快く拾ってくれる?」
「ははっ、どれも俺には当てはまらないがその子にとっての俺はそうなのかもしれない」


(落としたハンカチくらい拾ってやれ。…あぁ、『快く』ってのがポイントなのか。)
何百階も上の地点から見下す発言に静雄は呆れた溜め息すらも出ない。臨也はそういう奴だと知っているし諦めている。今更真面目に返事をどうしようか、相手を傷付けない為にはどうしたらいい等と相談される方が気持ち悪い。黙って聞き流すに限る、そう黙って。
しかし彼はそれを許さない。

「シズちゃんは『俺が把握する俺の本性』を知る数少ない人間の一人さ」

「別に知りたくて知ってる訳じゃねェ」

「まぁ俺の本性を完全に知った奴が生きてる訳ないんだけど。単にシズちゃんは死んでくれないだけで。でもまぁそんなシズちゃんに質問ね――」


所謂恋ばななんてものをする年だ。クラスの可愛い女の子に胸を馳せるのも良し、気になるあの子のアドレスを聞き出すのも良し。そんな甘酸っぱい相談をされて互いに頬を緩ませるのも男子校校生ならではの青春だと静雄は思う。しかしこの男は何と言った?

―――こんな俺がシズちゃんに愛されるにはどうしたらいいのかな?

授業中のサボタージュ、グラウンドが運動部で埋まるにはまだ早い時間。二人しかいない屋上、聞こえるのは風の音と臨也の声のみ。だから聞き間違えるなんてほどの障害はなかった筈。ならばつまり、そのままの意味で受け止めるなら臨也は自分を、平和島静雄個人に対して愛の相談をしている。しかも静雄自身を目の前にして。
唐突な言葉を聞かされ静雄はあっけからんとした顔を見せた。灰の処理も忘れ、段々と短くなる煙草にも気付かないほど沈黙してしまう。

「あれ、フリーズ中?冗談だよ、冗談。まさか本気にしちゃった?」

「なっ…」

「あはは!ホントからかいがいがあるよシズちゃんは」

「っ…テメいざやぁああ!!!」

一瞬だけ想像してしまった。臨也が静雄に対して本気で愛を悩む姿を。そしてそれを打ち明ける術に悩む姿を。それを思わせるほどに真剣だったのだ、彼の表情は。
しかし今はどうだろう。ドッキリ大成功、なんて看板さえ見えるほど優越に浸る笑みはいつもの何ら変わりない憎たらしいそれである。
そんなペテン師並みの顔技にまんまとハメられた静雄は当然、走って逃げ行く臨也の背中を追う。授業中などお構いなしに、ついでにくわえている煙草もそのままに。彼らは屋上を後に廊下を走る。

(ナンテ。冗談、が、冗談だよシズちゃん。時間はたっぷりあるからね、シズちゃんが憧れる甘酸っぱい青春を俺との抗争で埋め尽くしてあげようじゃないか)

「それが俺の愛さシズちゃん!」

「意味わかんねェこと言ってんじゃぬぇぇええ!!!」


不器用なのか歪んでいるのか。一筋縄で手に入らない恋と知っているなら、それ相応に楽しんでやるだけさ。

(だって俺だけが追うなんてつまらないだろ?)

そんな思いを刃の一ミリも知ることなく、平和島静雄は今日も臨也の背中を追いかける。




100418


←] | →


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -