夏の帰り道、陽射しを避けて歩かなければその太陽に殺されてしまうのではないかと思った。ジリジリを肌を刺激し、地面からも照り返される熱がじっとりと張り付いて。俺は何度死ぬ思いをしただろう(大袈裟だ、と謙也くんは笑っていたけど全然そんなことない)
もう今は、そんな感覚すら少し恋しいような。
11月を過ぎ、季節は本格的に冬へと突入。あれだけ避けていた太陽の光は今や気休めの暖を取るのに必要な場所になっている。太陽が雲に隠れた日は、とても寒い。雨が降った日は特にそれを思う。
そして今日は、雨が降っていた。



*



朝は雨の音で目が覚めた。窓を閉めていても聞こえるしっかりとした雨音は布団から出ることをいつもよりよりも少しだけ億劫にさせる。
制服に着替え、玄関を出た時には既に地面はじっとり濡れていて。見上げた空は朝とは思えない薄暗さで満ちていた。
いつもの荷物に傘をプラスして家を後にすると、暫く見えた曲がり角にはいつも通りの時刻にいつも通り待っていてくれる謙也くんの背中が見えた。俺が近付く気配に振り返る謙也くんの顔は、黒い傘に邪魔されて一瞬だけ見えなかった。

「おはよーさん。雨やばいな」
「そうですねぇ…今日一日降るそうですよ」
「え。最悪やん。今日の部活は筋トレやろか。めっちゃラケット振りたい気分やのにー」

まだ始まったばかりの一日でもう部活の事を考える謙也くんは傘を持つ手をウズウズと震わせていた。俺は、そうやな。とにかく寒くて寒くて。いつもならポケットに突っ込んでいる筈の手が傘を持つために晒されているのがとても辛くて。家を出てから10分も経たない内から既に帰りたいという気持ちになりながらも足の先は謙也くんと共に学校へと向かっていた。

「昨日の晩飯な、炊き込みご飯やってんかぁ。でもおかん、水の量間違えて。出来上がったんびちゃびちゃやって」
「食うたんですか?」
「食うた食うた。けどその前に翔太が、乾燥させたらええんちゃう?ってドライアーもってきよってな」
「へ、ドライヤー…?乾かしたん?米を?おもろ過ぎですわ」

謙也くんの食卓らしく微笑ましい(?)シュールな光景が浮かぶ。俺は吹き出しかけた頬を抑えて。謙也くんは事細かに昨晩の話をしてくれた。雨越しで、謙也くんの声が傘の中に反射する。耳に幕が張ったような。雨音に邪魔されて聞き辛い声を一語一句聞き取るのに少し耳を尖らせて。俺も少しだけ声を張って返事をする。そうして他愛のない話をしていると15分ほどで学校に着いた。
そしていつも通りに、下駄箱の所で別れた。






*


(むら雨の、つゆもまだ、)
一限から始まった古典の授業は重い瞼を更に重くして。開いている教科書の文字も見ているだけで頭に入らない。心の中で読んでみるものの、やっぱり頭には入らない。教室が静かすぎて聞こえるのは教師の声とチョークの音と、誰かの寝息と、雨の音。
(むら雨……、………秋の夕暮れ、…)
雨の日は色んなモノが色濃く見えるような気がする。灰色のアスファルトは黒にも見えるし、葉のない木々は湿り気を帯びて深い焦げ茶色になっている。教室の風景も少し、暗い。空が曇っているからなのは当然で。加えて全ての景色を映す目のレンズさえもあの空のように曇っているみたいだ。見えるもの全てが深く、暗い。それは物に限らず匂いだったり音だったり、呼吸する空気だったり。兎に角雨の日というのはそれだけで世界の色を変えてしまうようだ。
(むら雨…木の葉に、霧…、)

しかしたかだか雨で、変わる世界とは何なのだろう。
そういえば今日謙也くんの金髪は少しだけふんわりしていたかもしれないことを思い出した。
(いや…いっつもあんなんか。けど、心なしか癖も多かった気がする。どうやったやろ…)
傘のせいでよく見ていなかった曖昧な記憶。どうでもいいそれを早く確かめたくて、早く部活にならないかと珍しく思った。






*




「あー、やっぱり。跳ねとりますね」

部活の時間になり、真っ先に謙也くんを見つけるとふわふわな頭の中でひょんっ、と跳ねている髪を発見した。この人基本的に跳ねてるけど。このハネ方はあれや、湿気の多いときに出る癖のせいやと思う。
(でもこれ、本人気づいとるんやろうか…気づいてなさそう。後ろやしなぁ。いつもちゃんとセットしてるくせに)

「へ?なんて?」
「なんでもあらへん。それより謙也くんはよ柔軟終わらして」
「イタイイタイ!ちょ、あんま押すなアホ〜っ!」

放課後になっても結局雨は上がらず。部活は雨を凌げる屋根の付いた屋外の渡り廊下で筋トレ。謙也くんの背中を押して柔軟を手伝う俺の手が冷たいせいか謙也くんの体温がジャージ越しでもじんわり伝わる。謙也くんあったかそう。うなじ、…綺麗。
…あかんあかん、なんか。雨のせいで景色が少し暗いせいか明るい金髪ばかりに目が行ってしまう。
(雨の日でも、謙也くんの髪はキラキラ…。でもやっぱりいつもよりは少し暗く感じるし、湿り気を帯びた(ような気がする)肌はなんとなく色っぽい)
雨の日は黙っている分だけ思考がクリアなるような、普段気にも留めない事が頭の中をぐるぐる駆け巡る。謙也くんて結構肌きれいとか、謙也くんの髪の毛って思ったほど痛んでないとか。謙也くんの匂い、好き。…とか。

「ん。と、終わりや!背中押してくれてありがとう、次お前のんやったるわ」

振り返った笑顔を見てやっぱ好き、…とかも。思ったりする。雨のせい?分からへんけど。普段こんな場面でそんな事は考えないし(多分)きっと俺のことなんか一つも考えちゃいない謙也くんを前にして何だか居た堪れず視線を逸らした。





*





「雨、やんだなぁ」
「そうですね。…いや、でもちょっと降っとりますよ」
「ほんま?…あー…ポツポツ、…って感じ?」

部活が終わり、着替えを済ませて部室を出る頃には雨音は消えていて。止んだのかと思った雨はサラサラしたミストのようなそれに変わっていた。この程度の雨なら、と。畳んだままの傘を持って謙也くんと校門を出る。
(…あ。なんか…近い)
今朝は雨もキツかったので必然的に出来ていた傘の距離が今はない。いつも通りの距離。なんとなく、話しやすい。謙也くんの声もはっきり聞こえる。俺も声を張らなくても返事はすんなり届いているような気がする。だいぶ話しやすい。今朝は隣にいるのに、傘のせいで出来ていた距離が邪魔だった。

「筋トレ、途中で腹筋大会なっとったな」
「あんなん拷問っスわ…んで遠山が元気すぎる」
「金ちゃんどんだけ腹筋できんねんてな」
「謙也さんも100以上やってたやないですか」
「おう。次こそは勝ったんねん…!」

筋トレ大会。誰が何回連続腹筋出来るか。雨の日でも部活を楽しむためのミニゲーム。次はいつあるか分からないそれに向けて拳を震わせる謙也くんを隣に俺はマフラー越しにふと息を漏らして笑った。雨の日の謙也くんは、髪の毛が少し跳ねてる。そんな些細なことにしんみりしながら、それでも変わらない謙也くんの笑顔がなんだか落ち着く。変わらない世界があるみたいで安心しているのかもしれない。眩しい。太陽みたいにぽかぽかする謙也くんの笑顔。ポケットに突っ込んでいる俺の手は変わらず冷たいのに胸がじん、と熱くなる。

「ほなまた明日な」
「…はぁ。また」
「お前震えすぎや。大丈夫なん」
「無理っスわ。はよ帰って炬燵入りたい」

縮こまるのに自然と肩には力が入る。まだ別れたくないのに帰りたい。矛盾。あの曲がり角に辿り着き謙也くんに「また明日」と言われる度にああ、今日も一日が終わるのだな、と思う。
小降りの雨は未だしつこく降ったままだったけれど、それでも明日は晴れる気がして。そんなことを思いながら謙也くんの背中を見送った。




20131202






(音のない雨がある。それはとても細かくて小さくて、降っている事にすら気付かないけど確実に地面を濡らしていく。傘をさす必要はないのに、傘がないのが不安になる。雨はその内やむと知っているのに、晴れの日が思い出せない)それでも明日は、。


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