大学二回生の冬。青峰が部屋に帰ってこなくなってからもう一週間が経った。ある日を境に連絡も寄越さなくなった青峰を流石に心配したが、くだらない意地を貼り俺から電話やメールをする事もなかった。付き合ってから(付き合う前もだが)よっぽどの用事があるとき以外青峰から俺の携帯に連絡してくることはない。基本的に俺から連絡して、それを青峰が返す。という感じだった。つまり俺が連絡をしなければこの携帯画面に青峰大輝の文字が光ることはほぼないのだ。
青峰が出て行ってからある日を境にというのは一週間前の、ある出来事だ。
俺たちは付き合ってから何度目かの喧嘩をした。互いに遠慮しない性格から言葉でぶつかり合うことは昔から多々あった。少しの話し合いですら喧嘩腰になるのはしょっちゅうで、そんな青峰に俺もつい対抗して罵声を浴びせてしまう。
喧嘩の理由は…、「朝寝坊した青峰が当番だったゴミ捨てをしなかった」というもの。家事は全て当番制にする、そう提案したのは確かに俺だった。家賃も半分ずつ出し合い食費やその他の雑費だってお互い負担がかからないようにしようと同棲する前に話し合って決めた事だ。そしてゴミ捨てはバスケの練習で朝が早い青峰がすることになった。初めはうまくいっていた。たまにうっかりゴミを出し忘れたなんてこともあったが次の週には必ず捨てていてくれた。しかし冬になり寒くなってから青峰の寝坊が増えた。それに伴い青峰がゴミ捨てをしない日が続いて、代わりに俺が捨てたりしていたのだが。俺だって寒いのは辛いし、ゴミ捨ての為だけに外に出たのに帰ったらまだ布団で寝ている青峰を見てついに俺はキレてしまった。
寝起きの青峰を起こし、罵声を浴びせ、苛立ってテッシュの箱も投げた(きっとこれがいけなかった)寝起きの青峰に直撃したテッシュの箱に青峰もキレて今度はリモコンが飛んで来た。部屋はぐしゃぐしゃになり、最終的に「お前の顔なんか見たくねェッ!」「アンタの顔なんか見たくないっスッ!」と、言葉がシンクロしたのを最後にそれからの接触は一切なかった。

その日大学から部屋に帰っても青峰の姿はなかった。きっとそのうち帰ってくるだろう。その時は軽く考えていた。(の、だが、)

流石に一週間だ。
こんなくだらない喧嘩は今に始まったことではないし、どんな言い合いをした日も寝れば忘れて仲直りなんてことを続けて来た俺たちだった。だからこんなイレギュラーな出来事にふと青峰が言っていた「顔も見たくない」なんて言葉の意味を改めて深く考えてしまった。
自分は青峰に…嫌われてしまったのだろうか。愛想を尽かされた?俺が我儘だから?俺の料理がマズイから?セックスが下手だから?俺が…男だから?

考え出したら止まらなくて、泣きそうになって、でも嫌われたなんて考え出したら本当にそうなんじゃないかと不安で俺は喧嘩をしてから(青峰が消えてから)一週間が経った今日始めて枕を濡らして泣いた。こんなに泣いたのは記憶にある中でも初めてだった。

しかし次の日も青峰は帰ってこなかった。次の日も次の日も、その次の日も。
眠れない日々が続いた。
眠れず、食欲も出ずに体力だけが奪わた。それでも変わらずに大学とモデルの仕事を両立していると不意に目の前が歪みはじめて気付いたら真っ白の天井が視界を埋めていた。
仕事を終えた俺は不眠と栄養失調が原因で倒れたらしい。それに伴い風邪を拗らせてしまった。38度を超える熱が出た。病院に運ばれたその日、黒子と火神がお見舞いに来てくれた。赤司からはメールが来た。青峰からは何の音沙汰もなかった。それに俺はとてつもなく寂しくて、やっぱりその日も一日泣いた。


緊急で運ばれた俺は一晩の点滴を済ませ次の日の朝には退院出来ることになった。住んでいるアパートには仕事のマネージャーが車で送ってくれた。体調がよくなるまでゆっくり休んでね、と渡された林檎をスーパーの袋にぶら下げて部屋までの階段を上がった。

きっとまた青峰はいないんだろう。
期待もせずに部屋の鍵を空けるとやっぱりそこには誰もいなかった。



青峰がいなくなってから二週間と少し。

12月に突入してからは格段に寒さが増した。朝になっても自分の体温で暖まった心地よい布団からは出る気になれず俺は昼まで眠ることにした。大学になんて行く気になれなかった。自分は青峰がいなければ家事もできず体調を崩し、何もかもからやる気を失うのだ。きっかけはゴミ捨てにいかない青峰に怒っていた自分が、今度は自分のゴミ捨てにすら行かない。ゴミはそのままゴミ箱に溢れている。
情けない話だった。


そして夢を見た。俺がただバスケットボールを抱えて立ち尽くしている夢だ。そのボールは持っていると次第に重くなって、ついに抱えきれず俺は倒れて、腹に乗っかるなまりのようなボールがただ苦しくて、腹が潰れそうだった。苦しい。

「重、い…、」

浅い眠りから現実に声をだした。自分で自分の声に目が覚めたのだがそれでも妙に腹の部分だけが重かった。寝ぼけながら腹を犯す重さの原因に思いきり平手を食らわすと「イッテーッ!!」と反応が返って来た。

「!?」

「テメ、いきなり何しやがんだよッ!」

「え、あ、あああ青み、え、、ああおあお、」

「名前呼べてねーし」

布団から飛び出た俺は目の前で半泣きに頭を撫でている青峰を見て名前を言った(上手く言えなかった)どうやら俺の腹で頭を置いて眠っていたらしい。頭が追い付かずに俺は布団を掴みながら口をパクパクした。
そんな俺を見て青峰が笑った。

「ぷ、どんな馬鹿面だよ。それでもモデルなんかお前」

青峰が笑ったのをきっかけに、俺はまた涙がとまらなかった。
泣き出した俺に今度は青峰が慌て出した。

「は?お前、ちょ、何いきなり泣き出すんだよ」

「…ッ!バカ、ひ、青峰、ち、ばか、ぁ…!!」

俺は目の前の青峰に抱き付いて、肩口に顔を押し付けた。久々に触れた身体やら匂いやら、もう何もかもが恋しくて愛しすぎて、涙がとまらなかった。

「今迄、どこいって、ッう、ひ、しん、ぱいした、だから、ッ」

「は、はぁ?ちょ、取りあえず落ち着けって…」

抱き着きながら青峰の背中をポカポカ叩いた。何度も。そしたら青峰は優しく俺の背中を撫でてくれた。俺を落ち着かせようとしてくれているらしい。青峰が戻ってきてくれたってだけで俺は嬉しくて馬鹿なくらい安堵した。


「つかお前痩せた?前よりなんか、薄い」

「だって食欲なんか出る訳…っ」

「部屋も汚ねーし。お前一人で暮らすとこんなんなんの」

「いきなり一人にされちゃ調子狂うに決まってるっスよ…」

「いきなり?……あ。そうだ、お前に見せたいもんあんだよ」

来て。と、まだ止まり切っていない涙なんかお構いナシに手を引かれた。余りに急かすので俺はバランスを崩しそうになりながらも部屋の玄関を出て階段を降りた。雪が降ってもおかしくないくらいくらいの寒さがスウェットのみの俺には酷過ぎる。

「どうだ、カッケーだろ?」

下におりて連れられたアパート前。うきうきと楽しそうに笑う青峰が見せてくれたのは大きくて黒い、


「バイク…?おっきー…て、これ買ったの?つか青峰っち今迄マジ何処で何して、」

「だからこれ乗る為に京都まで免許の合宿行ってたんだよ」

「は……はぁ!?知らないっスよそんなのッ!!いつそんな話…」

「言ってなかったっけ?」

「だからッ!!知らないっスよそんなのッ!」

つまりバイクの免許取りに今迄部屋を空けていたという訳か。初耳だそんなの。そういう肝心なことは言わない。なんか違う意味で涙が出てきた。俺って、青峰にとってやっぱ大した存在じゃないんかな。

「悲しいっス…、一言言って欲しかった」

「悪ィって。つか連絡寄越さなかったお前もお前じゃん。いつもウザイくらいメールやら電話よこすくせに」

「それはお互い様でしょ…。青峰なんか俺がしなきゃメールもしないくせに…」

「う…まぁまぁそうむくれんなよ、な?土産も買って来たしよ」

見せられた袋には「京都 八ッ橋」と書かれている。八ッ橋…好きだけど。好きだけどさぁ。心配してたの馬鹿みたいじゃん。寂しかったのも俺一人だけ?こいつほんとに俺のこと好きなんだろうか。


「運転上手くなったらよ、一番に後ろに乗せてやるから」

「…」

理由が理由だけにもっと攻めてやりたかった。
けどそんなこと無邪気な笑顔で言われたら許しちゃうじゃんか。ほんと単純。喧嘩の発端もしょうもないけど許す理由もしょうもない。青峰の顔みたら何でもいいやって気分になってしまう。現に俺いま、一番に乗せてやるとか言われて嬉しいとか思って俺は頬赤くしてんだよ。気持ち悪い。


「……でもやっぱ納得いかない。今日から年明けるまで家事全部青峰っちがするんスよッ!」

「はァ??意味わか、」

「なに」

「………何でもねーよ」

俺をあそこまで泣かせるのも、今みたいに幸せにさせられんのも悔しいけどこの世に青峰だけだ。嫌われていたわけではなかった事に安心した途端ずっと忘れていた空腹を思い出た。そういえば最近ろくに食べていなかったことを思い、取りあえずお土産の八ッ橋は全部俺が食ってやろうと思った。



121207



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