帝中時代
好きだったら想いを伝えるべきだとか。告白しなきゃ後悔するだとか。好きなら好きだと言わなきゃならない恋愛の美学が俺には理解出来なかった。そういう恋愛至上主義な考え方は嫌いではないし素敵だと思う事もあるが、誰かを好きだと言う気持ちよりも大事なことはいくらでもあると思う。
季節も10月になると夜中は羽織がなければ少し寒いくらいになった。夏には上を向いていた向日葵もすっかり首を垂らし、華やかだった黄色の花びらはもう見る影も無い。部活帰りだった俺達は街頭に照らされた道を歩いていた。
「練習思ったより長引いちゃったっスねー、俺もう腹ペコ…」
「同感…、あそこのコンビニでなんか買ってこうぜ」
そう言って角のコンビニに入ると俺は肉まんとミルクティーを買った。青峰は焼きそばぱんとメロンパンとサンドイッチとたこ焼き…、まあ腹が膨れりゃいいみたいな物を買っていた。それ全部食うの?と聞くと食わなきゃ買わねぇよって返された。ごもっともだけどさ。
「お前こそよくそんだけで足りんな」
「そっちこそ炭水化物ばっか良く食えるっスね」
「んな女子みてぇなこというなよキモい」
お互いがお互い袋の中身をみてケチをつけあいながらコンビニ近くの公園に向かった。そこは二つ並ぶブランコと滑り台、小さな砂場に錆びた鉄棒だけがこじんまりと並ぶ小さな公園だった。大きな木の下に一つしかないベンチに2人で座り、俺は温かい肉まんの袋を開けた。
「女子って言や、お前また今日告られてたな」
「え、なんで知ってるんスか」
いきなりの話題に思わず手にしていた肉まんを食べ損ねた。まさか青峰に知られていたとは思わなかった。
「クラスの奴が言ってたっつーか、泣いてたから」
「あちゃ…泣いてたんだ」
告白されたのは部活が始まる前だった気がする。擦れ違うといつも笑顔で声を掛けてくれる子だった。アドレスも交換していた仲だったから試合前なんかは応援メールをくれたり、作り過ぎたからとクッキーをくれたりする健気な子。自分に好意を寄せてくれていることは知っていたし、そこそこ可愛い子だったから俺も嫌な気はしていなかった。きっと男はああいう子を彼女にしたいと思うんだろうなあ、と他人事に思いながら今度こそ肉まんを口にした。
「お前の性格にケチつける訳じゃねぇけどよ、好きじゃない奴にあんまヘラヘラすんのもどうかと思うぜ」
「何それ。笑うなって言ってんの?」
「違ぇよ。あんまその気にさせてやんなってこと。お前の場合無意識なんだろうけど」
「…意味わかんないし」
普段俺のことでとやかく言わない青峰が今日はやけに突っ込むので(しかも女を庇ってるようにも受け取れるので)何とも面白くない話だ。ただ笑って話しただけで思わせ振りな態度になるならこの世のコミュニケーションは全て詐欺じゃないか。…てか、それを言うなら青峰だってそれなりに無防備だと思う。脳味噌がバスケ馬鹿(小声)で気づいてないかもしれないが青峰もそこそこ女子に人気がある。そりゃ、背も高くてバスケも上手い男に惚れない奴の方が少ないだろう(自分はあっさり惚れてしまった)興味があるもの以外はどうでもいい、そんな近寄り難い空気を出しているから言い寄れないだけで本当は告白したいと思ってる奴はいると思う。……俺とか、まさにそうだし。俺の場合理由がそんな控え目なもんじゃないけど。男だし、なんてのは当然にあるし、気持ち悪いだなんて思われたくない。もし青峰が同性からの告白に偏見がないとしても、例えば今みたいに放課後2人で帰れなくなる可能性があったり、最悪話せなくなる事だってあるのだ。
「大体告白なんかする意味あるんスかね。付き合う付き合わないなんて所詮形だけだし。わざわざ今迄の関係壊すリスクしょってまでするようなモンなんなんスか」
「形だけって言ってしまえば終わりだけど。やっぱあるんじゃね、手繋ぎたいとかキスしてぇとか。そうなる関係作りの前戯だろ片想いも告白も」
「そんなの、付き合わなくたってキスや…それ以上をしてる人なんかいくらでもいる」
「そんでも好きならベタに恋人になりたいと思うもんだろ」
「それでも…告白なんかする奴の気がしれない」
それは青峰を好きになってから芽生えた感情でもあった。 きっと俺は告白する奴等を冷めた目でみながら同じ位嫉妬している。気持ちを伝えられる立ち位置にいること。俺にはなくて誰かにはある勇気や度胸がどうしても真似できない。
「青峰っちは、好きでもない奴から告白されて嬉しいっスか」
「あ?あー…まあ、嫌な気はしねぇけど。そりゃお前が一番良く分かんだろ」
「分か、…んない」
俺は青峰の好きが欲しいよ。 話すだけで嬉しくてドキドキして、そんな甘いだけの気持ちに満足できていた時期は良かった。でも時間が経つにつれてどんどん青峰を好きになる度、その肌に触れたいとかキスしたいとまで思うようになった(俺は青峰に触れて欲しいと思う) 青峰が誰かと楽しそうに話しているだけで嫉妬して、俺以外の誰かを見てるだけでもやもやするんだ。最近はそんな醜い感情ばかりが成長していく。 青峰を独占したい、俺だけを見て欲しい。 それって叶わないときはどうしたらいい。
「お前冷め過ぎ」
「余計なお世話っスよ」
「見た目によらず若さがねぇな」
「しっかり青峰っちと同い年だっつの」
そう言ってなにも知らないように笑う青峰の笑顔が好きだ。そこだけが終わらない夏のように眩しい。いっそどうにかなってしまいたいような焦燥感と、それを止める理性の葛藤がぐるぐると俺の心の中で歪んでいく。 早く、冬は来ないだろうか。望まなくても巡る季節のように、自然なまま、このまま。青峰の隣にいれたらいいと思う。
121010
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