目が合うと頬を紅くして笑う、少し控え目な女の子が可愛いと思う。強気で男勝りな女の子だって触れば柔らかいし抱けばふわりといい匂いがした。とにかく女の子っていうのは自分にとってそう思える対象で、いずれはその中の誰かと付き合ったりしてあわよくば結婚して、子供なんか作って幸せに生きていくのかなあなんてぼんやりとした将来を想像することが俺にはあった。
「人間中身が大事だなんて言うけどどうせ付き合うなら可愛い子の方がいいに決まってるよね」
「胸がデカけりゃいい」
「えー。貧乳で可愛いか巨乳でブスなら貧乳で可愛い方がいいでしょ」
「…極端すぎんだろそれ」
放課後、俺と青峰は待ち合わせをして駅前のファーストフード店に入った。それぞれの学校で部活を終えていた俺達は空かせた腹を肉入りのパンズで満たす。新メニューのハンバーガーは少し塩辛くって俺はいつもより速いペースで炭酸ジュースを飲み干した。 向かい側に座る青峰は大きな一口であっという間にハンバーガーを平らげ日焼けした手で包み紙をクシャリと丸める。
「じゃああそこに座ってる女の子さ、付き合うならどっちがいい?」
「あぁ…?」
「青峰っちなら奥の子かなぁ。でも手前の子も顔は可愛い方だよね、だとすると後は好みの問題っスかね」
「…どっちも好みではねェけど」
興味ない。そんな風にして青峰は携帯をいじりだした。 俺はふわふわもしていなければ胸もない柔らかい肌も期待できない目の前の男が好きだ。その男も、いつだか俺が好きだと言ってくれた。単純だが死ぬほど嬉しかった。ずっとずっと片想いだったんだ。その辛さや苦しさから解放された喜びは今でも覚えている。もう友達ではない青峰とこうして向かい合ってハンバーガーを食べ合うことだって何度夢見ただろう。こんな些細な日常すら幸せだったのに。 最近といえばなんだか、馬鹿なりに色々考えてしまって、憂鬱なのだ。
「大抵の…、つか男は女が好きじゃんか。そういう生き物じゃん」
同性愛だとかゲイだとか、言葉だけは聞いても実際俺の周りの男共は女が好きだ。俺もそう、だった。青峰もそう、違いない。そもそも俺は男が好きだから青峰が好きになったという訳ではない。青峰だから好きなのだ。他の男が、例えば身近なクラスメイトの男友達が恋愛対象になるのかと聞かれれば(今の所は)絶対ないと言い切れる。失礼だがそいつらとキスだったりそれ以上の行為に及ぶのだって想像だけでも気持ち悪くて吐きそうだ。青峰は、…どうなのか。 たまたま告白した俺に流されて頷いただけ?断ると面倒だから、仕方なく返事をしたのだろうか。部活で疲れてまで汗臭い男に会うよりは可愛いクラスメートと帰ったりした方が彼も嬉しいのではないだろうか。
「…俺が女だったら良かったのに」
それならこの状況が、少なくともこの悩みすら元々ないようなもの。 ぽつりと呟いた俺の言葉に青峰は引いたような顔で即答する。
「いや、ないだろ」
「何で」
「今更お前に胸があったり尻が柔らかいだの、気持ち悪ィよ」
「ちょ、失礼じゃないそれ」
俺だって本気で女になりたいとか言ってるんじゃない。そりゃ、青峰が希望するならスカート位は履いてやる(かもしれない)けど。そんなリクエストは一生来ないとは思うが。
「つか今更男だの女だの、それこそテメェが初めに言ってた貧乳美人と巨乳でブスの質問並にくだらねぇ。って…俺は思う」
「なんでさ。結構重要じゃん。男同士が付き合ってるなんて世間的にはまだまだ異常なんだって。笑い事で済まさない奴だっている」
「俺は世間とか他人とかよりも自分が大事だ。それと同じくらいお前が大事だよ。そうなりゃ、やりたいようにやるししたいようにする」
「……、そんなの、理想じゃん」
「じゃあなんでお前俺に好きだの付き合ってくれだな言ったんだよ。その理想を現実にしたかったからだろうが」
「そう、だけど、」
「俺もお前と居たいって思ったから頷いたんだ。誰でもない自分の為にな。何か間違ってるかよ」
うわあ…何。そんなことサラッと言っちゃってんの。横暴だ。けど言葉も向けられている視線も純粋なくらい真っ直ぐすぎる。一見滅茶苦茶に見えても真っ直ぐな芯が青峰にはあって、俺のねじ曲がった感情なんかあっさり突き抜けていく。
「…俺、青峰っちのそういうとこが好きなんだわ」
「俺はお前の、そういうグダグダしたとこは嫌いだけどな」
「仕方ないじゃん、俺こんなだし。きっと一生治らないよ」
「努力しろよ」
「…善処するっス」
俺がぐるぐると悩み寝ても覚めても考え事をするなんてきっと青峰の事以外に有り得ない。 もういっそ青峰だけで脳味噌が浸食されているといっても過言ではない。だったら青峰もそうだといい。俺だけで頭も心も染まっていけばいい。俺じゃないと生きていけないくらい、好きになればいい。
なんてやっぱり俺の理想は少し歪んでいるみたいだ。
120905
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