季節は8月に入った。いつもより遅く起きても咎められない夏休みの朝にも慣れた頃、朝練の支度を済ませ家を出る。 同時に携帯が鳴りそれが青峰からのメッセージだと分かると内容を見るなり俺は眠気で重かった目をパッチリと開け、たった一行しかない文字を何度も何度も読み返した。
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「ま、待って青峰っち!」 「あァ?お前がモタモタしてっからだろ」 「や…だってあっちから声かけてきたし…」 「そういうのいちいち相手にしてんな。次離れたら置いてくからな」
俺と青峰はお互い部活を終え、一旦家に帰ると駅前のコンビニで18時に待ち合わせをした。晩御飯どきの腹は今にも空腹で鳴りそうだ。しかし腹は空いても胸がいっぱいな俺にはそれが少しも気にならなかった。 合流してから向かったのは二駅ほどしたところにある川辺。何時もは静かで人通りも少ないそこは普段の影もないほど沢山の人で賑わい、出店や子供の元気な声も聞こえた。 今朝青峰から来たメッセージというのは今夜花火大会に行かないか、との内容だった。そして今その会場に到着した俺は青峰に連れられて人混みを掻き分け歩く。 人混みでも身長も高い俺と青峰が目立たない訳が無い。無愛想な顔をして歩く青峰より俺に女の子から声が掛かるのはいつもの事で…。 青峰に先を行かれるといくら青峰が長身で目立つと行っても追い付くのがやっとだった。 こんな場所だ、はぐれないようにという理由で手を繋ぐカップルは多い。人混みは自然とそうさせる。 自分は青峰の背中を追い掛けてばかりで、空いた左手が少しだけ寂しくなる。夏なのに、左手が冷たい気がした。
「黄瀬、…大丈夫か?」
それでも青峰は俺の気配がなくなると必ず振り返ってくれる。そんな些細な優しさが嬉しくて、俺は緩みそうな口元を少しだけ噛んで青峰の隣に並んだ。
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「はー、着いた。ここが穴場だってよ」
青峰が美味しそうな屋台にも目をくれず、俺を連れて歩いていたのは反対側にあるもうひとつの川辺に連れてくる為だったらしい。連れて来られた場所は先程とは違って静かで、街灯の光りで動く影は俺たちだけだった。
「青峰っちよくこんな場所知ってたっスねー。あ、もしかして元カノと来た?」 「バッ、違ェーよ、花火の話ししたらさつきの奴が教えてくれたんだよ…」
川辺に座り茶化したつもりで質問したのは俺なのに、あたふたする青峰の返事にはなんとなく安心したりした。 すると暫くして見上げた空にはドンッ、と大きな音を立てて花火が上がった。
「…わ、きれい」
緩んだ口元を、今度は我慢することを忘れて俺は花火に見入った。花火とは文字通り火の花で、大きく大輪を咲かせたと思えばすぐ空に消えていく。儚さと美しさを兼ね備えた一瞬に俺は目が離せなかった。
「でもなんでいきなり花火見に行こうなんて言ってくれたんスか?青峰っちなら花火は見るよりやる派っぽいし」 「別に…、お前が夏休みだしどっか行きてー、とか、うるさいから」 「へ…?そんなの気にしてくれてたんスか?」 「前にお前からテツと火神が海行ったり遊園地行ったりっつー話し散々聞かされたしな」 「…う、それはだって…羨ましくて」 「まぁ今日は花火だけど」 「でも青峰っちと見れて嬉しいし、なんかちゃんと俺のこと考えてくれてたって…思ったら余計嬉しいっていうか…」
お互いに学校は違うし、一年だけどレギュラーをはる俺たちは夏休みだからこそ部活も忙しいことは理解している。だから遊びに行けないことへの不満は仕方ないことだと割り切っていたのだけれど。俺との些細な会話を気にしてくれていた青峰がなんだか愛しくなる。そんな青峰の顔を俺はじっと見つめた。
「…おい、折角なんだし俺より花火見ろよ」 「青峰っちこそ、俺より花火みればいいじゃないっスか」 「見てんだろ」 「知ってるんスよ、さっきから俺のことチラチラ見てたっしょ」 「は、は?!ちが、たまたま視界に…」
青峰は慌てて言い訳してたけど、花火を見ながら視界の端でこっそり青峰を見ていた俺は知っている。こんな近くで好きな人の視線に気づかない訳ない。花火の音で目立たないけど心臓のドキドキだって、聞こえてる。
「青峰っち、連れて来てくれてありがとね」 「…おー」
素直にお礼を言うと照れたように視線を逸らす青峰。忙しくたって青峰はいつも俺のことを考えてくれている。 花火が打ち上がらない間の空はとても暗いけれど、それは空いている青峰の手を握る勇気を俺にくれた。もう左手も寂しくない。空に咲く花火がずっと枯れなければいいと思った。
140813
花火みようぜ、とツッコミたくなるくらい途中からお互いしか見てない青黄でした
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