弱冠二十歳にして裏社会のトップにのし上がった男がいた。 その世界に生きる者たちの中で男の名を知らない者はいない。 「たった一人で裏社会を制圧した男」 は当時抗争を繰り返していた何十、何百もの組を一人で纏め上げその全てを自らの手中に収めた。それは「絶対王者誕生の時代」と呼ばれ始め、その実力や飛び抜けたカリスマ性から彼に逆らう者は誰一人いなかったという。
しかしその時代も長くは続かなかった。全ての制圧を果たした男は突如として姿を消したのだ。 頭を無くした組員達は戸惑った。やがてそれぞれにそれぞれの居場所を求めて去っていったという。一つに纏まっていた集団はまた何十、何百もの組織に戻り再び元の裏社会へと姿を戻した。
絶対王者誕生の時代は5年を過ぎた今でも伝説として語り継がれている。
そんな伝説の傍ら、小さな噂も立っていた。 「彼は都内某所にて数名の手足を連れ金融業を営んでいる」と。
ーーバキッ!ガッ!!、ダンッ!!
「ひ、ひぃい!!ゆ、許してくれ…!!か、金なら返す…!!返すから…!!」
「あァ?テメそれさっきも言ってバックレやがったじゃねーかクソが」
そこはひと気のない路地裏。昼間だというのに日の光も差し込まないそこはとても薄暗かった。 一人の男は容赦無く乱暴な物音を立て、またもう一人の男は腫れ上がった顔から血を流しガタガタと震えながら地面に蹲っている。体格のよい短髪の男ーー青峰は震える男の髪を掴み、まるで暴力のみを愉しむように笑っていた。
「こ、…こここれしかない…!!本当だ…!のの残りは次…ガハッ!!」
「次っていつだよバァカ。…ケッ、利子分もありゃしねー」
青峰は男が差し出した数枚の紙幣を受け取ると掴んでいた髪を離して勘定をする。
「ひぃ、ふぅ、み……ま、ないよりマシか。じゃ、半分はテメェから浴びた血のクリーニング代として俺が貰っとくわ。つー訳で次回も返済ヨロシクゥ」
「な…!!そんな無茶なこと許されるわけ…ッ!!」
「あァ?そもそもテメェが返済期限守らねーせいだろうが。こうしてわざわざ来てやってるだけでも感謝しろ」
そういって青峰はもう一度男の腹を蹴りその場を後にした。動かなくなった男の安否など青峰は気にする気配も無く薄暗い路地裏を後にした。
「あー…あ。また服汚しちまった…ま、いっか」
そしてある場所にと向かう。 都心部から然程離れてはいない真っ黒なビル。厳重なセキュリティが施されている扉には最新の人認証システムが導入されておりそこでは毎回顔から、眼球、体温、声帯、毛髪などのチェックを機械が行い、登録された人物のみしか入ることを許されない仕組みになっている。まさに現代の鉄の扉だった。
青峰はその厳重な入り口をくぐり、最上階にある部屋へと向かった。そこには自分の雇い主がいる。 目的の部屋に辿り尽き扉を開けると黒を貴重にした高級感漂う内装が青峰を迎えた。
「思ったより早かったな。仕事は済んだかい?」
その奥、社長椅子を思わせる黒の椅子に座るのが青峰の雇い主でありかつては絶対王者としての伝説を讃えられていた人物。ーーー赤司征十郎。
「ああ。一、二発殴っただけであっさり出しやがったよ」
「貴様また無能に暴力を振るったのか。残る傷は着けるなとあれほど言っておいたのだよ」
青峰に返事をしたのは赤司ではなかった。赤司のいる手前、ソファに座りながらパソコンのキーボードを叩く手を止め、苛立ち気にそう返したのは緑間慎太郎だった。
「いいじゃねーか金さえ取れりゃ。ん、今日の回収分」
そう言ってポケットから数枚の紙幣を差し出す青峰を見て赤司は涼しい瞳で彼を見上げる。
「全部出せ」
「や、これ全部だって」
「……おい、敦」
回収分は全部だとシラを切る青峰に赤司は背後にいた大柄の男の名を呼ぶ。
「んー?あーあ、また回収分パチってんだ。マジ調子乗りすぎだよねー」
「ちょ、のわっ!?やめろ!離せってー!!」
身長も体格も良い青峰の更に上をいく大柄な彼、紫原敦はムシャムシャとスナック菓子を口にしながら軽々と青峰の首根っこを持ち上げる。そして青峰が暴れるより先にズボンのポケットから隠されていた紙幣を見つけ出した。
「はい赤ちん」
「ん、確かに。これで全部だね大輝」
「チッ…」
「お前は分かり易すぎるのだよ、馬鹿故に」
会話の内容を除いては一見穏やかに見える彼等だが皆堅気の人間ではなかった。 赤司の厳選により集められた彼等は「帝黒組」と呼ばれる小さな集団だ。表向きは金融業を営み生計を立てているがそれだけではとても揃わないようなビル、家具、設備。それだけで彼等がよからぬ事に手を出していることは一目瞭然だった。 しかし誰も咎める者はいない。 彼等は少人で動き、迅速かつ的確な指示の元行動している。時に非合法的なものであっても決して証拠を残さないのが彼等のやり方であった。 赤司が指示をだし、緑間が計画を立て、青峰が行動し、紫原が護る。適材適所とはまさにこの事だ。
そしてもう一人、帝黒組には絶対なくてはならない男がいる。
「そういやテツは?昨日から見てねーけど」
「テツヤなら今次の取り引き相手の情報収集に向かわせているよ」
「へぇ。大変だなテツも。また潜入捜査って訳か」
「こんなこと奴以外に頼めるか?今は情報でさえ売れる時代…いや、情報にこそ最も価値があり金になる時代だからね」
そう言って赤司は涼し気な顔で薄い笑みを浮かべていた。
そんな彼等の物語。 後に一人の男が加わることで彼等の日常は混沌としたものとなっていく。
←] | →
|