翔太のライブに行ってから(奴とキスをしてから)もう2週間は経ったと思う。あれから翔太からの連絡はないし黄瀬の家にお邪魔することもなかったので(というか避けていたので)以前同様顔を合わせる事はなかった。
だから俺もその事に関しては忘れかけていた。
昨夜黄瀬から疑いの言葉を掛けられたときには思わず動揺してしまったけれどライブでの一件があったからといって俺が黄瀬を思う気持ちは変わらないし翔太を思う気持ちもまた変わらない。
そう、変わらないのだ。何も。








今日は自分の通う桐皇高校で練習試合があるらしい。相手チームは……何処だか忘れたが昨日さつきからメールが入っていた。

「ふぁ…」


相手が何処でもどうせ俺の出番なんか必要ないくらいのチームなんだろう。そう思うと欠伸が漏れた。
しかしその眠気も直ぐにすっ飛ぶ出来事が起きる。




「あ!大輝さーん!」


「……はいィ…?」


練習中のメンバーを前に堂々と体育館の舞台で眠っていた俺に覚えのある声がかかる。その声は紛れもない翔太の声で、寝転んでいた俺の視界には舞台のライトではなく、俺を覗き込む翔太の顔が映った。そして俺は一瞬ここが何処だかを疑った。(体育館……だよな、…)


本来いるはずのない奴が何故ここにいるのか。その疑問を尋ねるより先に翔太は笑顔で訳を話した。


「暇だから会いに来ちゃった」


音だけの言葉の語尾にはハァトマークが見えた気がした。
ああ。
なんというか。
理由だけ聞けば可愛い。
とか、思ったのも一瞬で(本当に一瞬だ)俺は忘れかけたツッコミをした。


「いや、意味わかんねーし」


そうやってあしらうのが精一杯だった。俺の言葉なんか気にした様子もなく舞台に座る翔太の存在に気付いた桐皇メンバーが練習で出た汗を滲ませながら此方にやってきた


「自分…海常の黄瀬くんか?」


「ホントだ。…あー、れ、でも黄瀬って黒髪だったっけ?気のせいか身長も低い気ぃするんだけど」


バスケ部しかいない体育館で堂々と私服を着ている翔太は目立たない訳なく、更にそれがライバル校のエースと顔が瓜二つとなれば気になって当然だ。集まった連中が抱く疑問に俺が説明するより先に翔太は愛想のいい笑顔で自己紹介をする。


「海常に通ってんのは俺の兄貴で、俺は弟の翔太っス。今日青峰さんに会いに来たんですけど見学いいですか?」


「青峰に会いに?……へー」


俺に会いにきた。と言った翔太の言葉の意味を考えるように復唱する今吉。顎に手を置いて考える仕草をするときの奴は大抵その後にろくな事を言わない。レンズの奥に隠された瞳は鋭く物を見抜くのだ。


「普段は偵察とか面倒やから断るとこやけど、今回はええよ。見た所自分バスケ興味なさそうやし」


「あ。分かるの?そんなこと」


「分かる言うか、バレバレやで」


「はは。兄貴には内緒ね」


「青峰に会いにきたことを?それとも青峰のこと……、ま。これ以上は俺も推測でしかないし言わんとくよ」


「……アンタ面白いね。気ぃ合いそう」


「そりゃドーモ。ただし見学言うても条件があるわ」


初対面で何処か似たような所を感じ合っているのか俺の目の前でサクサクと話が進み、意気投合し合う2人だったが今吉だけが此方をみて条件とやらを提示し出した。


「青峰には今日の練習試合に出てもらうで。たまにはサボらんと出てもらわな周りもウッサイねん、俺の顔も立たん」


「あァ?やだよタリィ、どーせ俺が出ても出なくても結果は、」


「そや翔太くん、なんやったらお兄さんの方も一緒に見学誘ってみたらええ。俺は大歓迎やで?」


ニタリ、と笑って翔太の肩を叩く今吉は翔太に話しながらも意識は態とらしく俺に向けている。俺は黄瀬との関係を話した事は一切ないはずだがこの洞察力だけは叶わない。こんな所に黄瀬が来るなんて益々話がややこしくなる。それは御免だった。


「……チッ、今回だけだぞ」


「わ。ええん?気前いいやん青峰、それでこそ桐皇のエースやわ。今度パフェでもご馳走したろー」


なんて白々しい言葉と笑顔なのだと思う。翔太もご機嫌に舞台に座っている。俺だけが不機嫌に眉を寄せながら気怠くコートに向かって歩いていると後ろから今吉がポンポンと肩を叩いてきた。


「お前が二股なんて器用なことしとるとは思わんかったわ」


「二股って…ちげーよ、アイツは、」


「本人が違う思てても真実なんか簡単にねじ曲がんねん。人は案外簡単に信じるし、騙されるもんやで」


「……」




俺にしか聞こえない声音でそう耳打ちされた後、何事もなかったように「ほな、頑張ろか」と、また背中を叩かれた。
簡単に信じる?騙される?一体なんの事なんだ。
分かったように話す今吉にも腹が立った。しかし簡単に聞き流せない言葉がいつまでも脳味噌でへばりついて消えないのは俺にも少なからず後ろめたさがある証拠にも思えた。


(クソッ…ムカつく)


いつも以上に怠い試合だと思った。だからその分いつも以上にそのイライラをボールにぶつけた。俺はほぼ一人でポイントを取り続け、相手が戦意を喪失しているのさえ見て見ぬ振りをしただ時間が過ぎるのを待った。




























「やっぱ凄いねー、大輝さんは」


練習試合が終わった後、夜になった体育館に俺と翔太だけが残った。あれだけゴールを決めても汗一つかかなかった額を形だけ拭って、俺は壁に凭れて座りながらボールで遊ぶ翔太を見る。
それは当然素人のボール運びだったが見ていて安定感を感じた。シュッ、と気持ちよくネットを通り過ぎる音が何度か聞こえる。


「大輝さんの試合さ、二回目なんだよね。見るの」


「…?」


「俺が初めて大輝さんを見たのは…まだ俺が小学校の時だったよ」


翔太はゴールで遊ぶのを辞め、その場でボールを床に叩きながら語り始めた。床を弾くボールの音と翔太の声が混じって聞こえる。2人しかいない静かな体育館ではどちらとも俺にはハッキリと聞こえた。


「帝中にいた友達の兄貴がバスケ部でさ。付き添いで試合を観に行ったんだ。その時既にレギュラーだったアンタを見たときただ純粋にかっこいいと思った。なんつーか一目惚れ?バスケにも、アンタにも」


「んで、俺は単純だから帝中に行ってバスケしようって思ったんだよね。そしたらその一週間後だよ。兄貴が突然バスケ部に入ったのは」


「理由は……、まぁ大輝さんが一番良く知ってるよね。なんか笑っちゃった。兄弟でこんなとこまで似るんかいって。兄貴が大輝さんと付き合い始めたのも俺は直ぐに分かったよ」


「まぁ、大輝さんとは話した事もなかったし。淡い恋も終了、って感じでその時は未練も何もなかったんだよね。だから俺はわざわざ遠い帝中を受験するより家から近い地元の中学に通う事にした。その時はそれで良いと思ったんだよ、実際通学も楽だったし見知った友達は沢山いたからね」


「…ただ…、」


床を叩くボールの音が止んだ。
翔太は声音を落として静かに言葉を続ける。


「馬鹿みたいに分かりやすく笑うんだよ、兄貴。アンタと遊んだ日とか、アンタと電話してるってだけで。なんかそんな幸せそうな兄貴見てたらムカついちゃって」


「兄貴と俺なんか見た目も変わんないし、どちらかといえば俺の方が頭は少しいい位だよ。違うのは涼太が兄貴で俺が弟ってだけ。あの時大輝さんに近かったのが兄貴ってだけで、それ以外は何も違わなかった」


翔太は手にしていたボールを静かに床に置く。ゆっくりと此方に近付いてきて、俺はただそれを見上げていた。
体育館のライトを塞ぐように立ちはだかる翔太はただの影になり、此方からは表情が見えなかった。
そして俺の側でしゃがみ込む翔太はそっと、俺の頬に触れて言葉を続ける。


「もしあの時俺が帝中で、大輝さんと同い年だったら。大輝さんのボールを拾ったのが兄貴じゃなく俺だったら。…大輝さんは俺を選んでくれた?」


近くにいてやっとはっきり翔太の顔が見えた。それはいつもの生意気な笑みだったが、何処か無理をしているような笑みにも思えた。
ナンテ、。
と。いつもなら冗談で済ませてくれそうな顔だった。
しかしこの日は違った。俺は次の言葉に耳を疑う。


「一回だけでいい。アンタを抱かせてよ。そしたら俺はアンタから手を引くし、もう兄貴とアンタの邪魔はしないって誓う」


「何馬鹿なこと言って…、!」


「馬鹿な事?御免だけど、本気だよ」


「ちょ、や、やめ…っ!触、な…っ!」


下から俺が抵抗するより馬乗りになった翔太の力の方が強かった。
唇を塞がれ、同時に下半身をまさぐりはじめる手つきに焦りが生まれた。本気で殴ればまだ逃げられるかも知れない。そう思う。


「は、…っ!やめ…!」


「やめない。今から何言われても俺、やめないから」


しかし黄瀬に瓜二つな顔の翔太に攻められていること。その翔太が余裕に笑いながら妖艶に微笑んでいること(これが中学生のする表情かよ…)
そんな要素が俺の危機感を鈍らせた。
頭では分かっている。こんな事をしても泥沼にハマるだけだということも。けれどそんなハッキリとした意識とは裏腹に触れられた下半身からは次第に熱が生まれ始めた。



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