最近青峰の様子がおかしい。
おかしいといっても咎めるような変化ではない。むしろいい風におかしい。
「寒くねぇ?」
「喉渇いた?茶飲む?」
「お前の好きそうな菓子買ってきたぞー」
そう、優しいのだ。 元々青峰は優し……いとは、言えない性格をしていたから余計にそれが不自然に目立った。まるで俺の機嫌を取るような接し方に不信感を抱かない筈がない。頭でも打ったのか?バスケのし過ぎ?彼が誰かの機嫌を伺うような、まして俺の機嫌を伺うような人間ではないこと位一緒にいれば分かる。 これは何かあるな。 俺の感がそう言っていた。
今日はファッション誌の撮影で俺は朝から都内のスタジオに来ていた。冬も真っ只中なこの季節に半袖を着ての撮影は空調の効いているスタジオ内でも肌寒かった。空いている椅子に座り休憩をしていると派手なメイクと衣装を身に纏ったスタイリストさんがお茶を持って此方に来た。
「黄瀬くんお疲れさまっ。撮影もう少しで終わると思うわー。この後バスケなんだっけ?」
「そうっスね。昼からのに間に合えばいいんだけど」
「んもう!頑張り屋さんの黄瀬きゅんもす、て、き!チューしたくなるわん!」
「はは、は…」
このスタイリストさんは少し変わっている。時折テレビに出ている人気の彼(彼女?)は所謂お姉さんではなくオネエサンだった。ファンデーションで隠し切れない顎鬚の痕や筋肉の筋が逞しい脚を短いスカートから覗かせている。テレビに出るときや仕事中はヒデミと名乗っているが本名はダイゴロウらしい。一度ヒデミさんを本名で呼んだスタッフさんはヒデミさんに笑顔で鉄拳を喰らったという噂がある。噂なので真実は不明だが触らぬ神に祟りなし。俺は彼女(?)をヒデミさんと呼んでいる。
「あんらぁ、黄瀬くん今日は元気ないのねー。どうかしたの?」
「大した事じゃないですよ。ただちょっと気になる事があって」
「何だったらオネエサンが相談にのるわよ?黄瀬くんの為ならなんだって聞いてあげちゃう!」
「あー…友達の話なんですけどね。友達っスよ?最近…か、彼氏が変なんスよ」
「変?」
「あ、変って言っても悪い変じゃなくて。優しくなったっていうか。前より大事にされるようになったっつーか…」
「ははーん、なるほどねん……」
青峰のことを改めて彼氏というと友達の話をしている前提でも少しだけ照れた。ヒデミさんはうんうん、と考え込むようにして顎に手を置いている。年齢は見た目同様不詳だがヒデミさんには結構な恋愛経験があるらしい。様々な修羅場も潜ってきたという話も聞いてきた。仕事に関しても恋愛に関しても大先輩な彼女(?)の意見を俺は今か今かと待った。
「それはズバリ、浮気よ」
「え…」
「馬鹿な男はね、浮気するとその罪悪感から彼女を大事に扱い始めるのよ」
「そんな、まさか…」
「私も過去にそういう経験があるわぁ…前なんかね、」
数ある過去の中から思い返すようにしみじみ話し出すヒデミさんの話は俺の耳には入らなかった。 浮気? あり得ない。 奴がそんな器用な人間か。 浮気だとして原因は?俺を嫌いになった?……いや、青峰の性格上好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。好きなものに対しても嫌いなものに対してととことん素直な彼が俺を嫌っているということはない(…と思う)(だって昨日もわざわざ会いにきてくれたんだから)
嫌われていることはない。 もう一度心の中で言い聞かせた。
「でねー、酷いのよ彼ったらっ!なんと浮気してた相手は女だったのよ!オ!ン!ナ!メスよメス!…まぁ彼は元々ノンケだったし、仕方ないのかもね……私も諦めちゃって…」
しかしヒデミさんの過去話も他人事で流せないようなことがふつふつ見受けられ俺の胸中は穏やかではなかった。
「あ、黄瀬くん、次。出番だからっ」
「あ…はい。今行きます…」
時間になるとしきっちり仕事モードに切り替わるヒデミさんに連れられて俺は再び現場に戻った。
スタジオでの撮影が終わりすぐ部活に向かったけれどこの日は全然練習に集中出来ずミスを繰り返す俺に今日は帰れとお咎めを食らってしまった。
「青峰っちー…」
「んだよ」
青峰に対する疑いと部活の練習でお咎めを食らってしまった事も重なり俺はかなり凹んでいた。それでも青峰にだけは会いたくて家には帰らず青峰の自宅にお邪魔している。部屋のテレビでバスケの試合を観ている彼の背中に俺は頬を預けてうな垂れる。
「ねー青峰っちー…」
「なに」
「……青峰っちー…」
俺に何か隠し事してない? そう聞きたいだけなのに一歩が踏みだけなくてただ消えるように名前を呼んでは黙ることを繰り返した。
「青み、」
「だから、何だよッ」
先程から名前しか呼ばない俺に苛立って青峰は肩口から振り返って此方を見た。やっとテレビから顔を離したと思えば何だか機嫌を損ねさせたみたいで益々本題に踏み込むことができなかった。 また暫く黙り込む俺に青峰は呆れてまたテレビを見だす。俺が買ってきたコーラを呑気に飲みながら。此方の気も知らずに。
「………青峰っちさ」
「んー…」
「俺に何か隠し事してない?」
「ブッッ!!!」
「え、え?え??ちょ、大丈夫!?」
意を決っして尋ねた瞬間、青峰は勢いよく口からコーラを噴き出した。綺麗に飛んだコーラは目の前のテレビにこそかからなかったものの服や絨毯はびしょびしょだった。
「も、きったねー…青峰っち大丈夫?」
「お、お前が突然変なこと言うからだろ!」
「変な事ォ?」
先程までバスケの試合に夢中で俺なんか蚊帳の外だったくせに突然動揺し始めた青峰はもうかなり、怪しかった。
「……やっぱ何か隠してんの?」
それがスタイリストのヒデミさんが言ってたような浮気かまでは聞けなかったものの、やはり青峰は自分に何かを隠している。理由はなんであれ隠し事をされている事がとても寂しかった。
「……俺、青峰っちに何かした?」
見当たる節はなかったがそうならはっきり教えて欲しいし。 とにかくこの不安を拭って欲しかった。 あからさまにそんな不安を俺は表情にだしていたらしい。青峰は此方に向き直り後頭部をガシガシとかきながら口を開いてくれた。
「……、ない。別に、隠してる事はねぇ。お前が俺に何したとかもない」
「ホントに?」
「ああ」
「…俺信じていいんだよね」
「……」
青峰は黙り込んだままだった。 隠し事はしていない。 それを聞けただけで俺の心は少し軽くなったような気もした。
「な……なんかゴメンね?変な事聞いて!あ、もー青峰っち、コーラ早く拭かなきゃ染みになるっスよ!」
「あ…ああ、悪い」
俺は自分のスポーツタオルで濡れた服や絨毯を拭いてやった。何処かバツが悪そうにしてしていた青峰が気になったけれど、 青峰が右と言えば右。左と言えば左。 青峰がしてないと言えばしてないのだ。 俺は青峰を信じようと思った。 好きだから。 しかし好きだからこそわかる事がある。
「……ホントに、信じてるからね」
俺は笑ってそう返した。 青峰は気付いてないと思うけど、青峰は嘘をつく時、俺の顔を見ない。 ただそれだけがずっと引っかかった。
130115
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