こうして鬼が五人という奇妙なおにごっこは幕を開けた。


体育館を出てまず本館の校舎に向かった。当然誰もいない夜の校舎は暗く静かで聞こえるのは自分の足音だけだった。

「とりあえず隠れときゃいいんでしょ。……と、ここでいっか」

階段を上がって一番奥の教室。
「理科室」と書かれたプレートを確認して中に入る。カーテンが開いたままの窓からは月明かりが綺麗に射し込んでいた。電気が付けられない分少しの明かりでも有難いと思った。

「30分…だっけ。暇っスねー…」

あれから何分たったのかと思い時計を確認しようと携帯を探した。しかしポケットにあるはずのそれはなかった。

「最悪…携帯カバンの中じゃんー…」

携帯も、愛用している音楽プレーヤーも全てカバンの中だということを思い出して深い溜め息がでた。
壁に掛けてある時計はもう0時を過ぎようとしている。
俺達は一応バスケの強豪というだけあり、レギュラーだけは休日でも自主練をする為ならば深夜の体育館使用を許されていた。なので深夜の学校にいること自体は慣れてしまって平気なのだが一人となると少し心細くもあった。
(つまんないなぁ…)

そう思いながら水槽が置いてある後ろの方に移動した。のんびり泳いでいるメダカをみていると何だか眠気さえ襲ってくる。
そんなときだった。

ーーーカツ、カツ、

廊下側から足音がした。

理科室からはまだ距離があるように思えたが確実に此方に向かってくる足音だ。
早速見つかるのかと冷や汗をかき、俺はそっと机の側でしゃがみこむ。普通の教室よりも大きい理科室の机は身長の高い俺でも隠れることができた。
足音が段々近くなる。
俺はじっ、とその場で待機することにした。足音は理科室の前で止まる。

ーーガラッ、

扉が開いた音がした。

(…やば………誰だろ…)

気配だけで誰かまでは分からなかったものの確実に5人の中の一人だろう。
俺は息を潜め、立ち去ってくれる事を祈った。

「居るんだろう。貴様の行動などお見通しなのだよ」

淡い願いを裏切るように入口から呼び掛けられた。
この嫌味な言い方は緑間か。

「今日のラッキースポットは第二理科室なのだよ。だからピンときた」

(それ俺の行動がどうとか、関係ないじゃん!)

賢いのか頭が弱いのか相変わらずな発言で緑間は直ぐに俺が隠れていた机まで近づいてきた。

「みつけた」

「…ちぇ。いい隠れ場所だと思ったのに」

自分なりに頭を使ったつもりなのだがこうもあっさりと見つけられてしまっては面白くない。
しかしルールだ。見つかれば素直に負けを認めよう。俺は立ち上がり両手を上げて降参のポーズをとった。
しかし緑間からは予想外の言葉が発せられる。

「……折角だから少し2人で話さないか」

「え?」

思わずポカンと口を開けてしまった。
普段上から目線な緑間珍しく遠慮がちだったからだ。

「別に嫌なら良いのだよ。さっさと負けを認めて戻ればいい」

「いや…いいっスけど」

そうは言ったものの緑間は何も話さない。緑間とはあまり2人きりになるという事が少なく話題を探したがあえて話すようなことも見つからなかった。
暫く沈黙が続く。

「は、……腹減ったっスね、俺今日晩飯食わずに来たからペコペコ…」

緑間との沈黙が辛くて俺は思い出した空腹を訴えた。

「たく貴様は…。ああ…そういえば昨日買った飴が…」

呆れたように溜め息する緑間はポケットから袋包みのキャンディを差し出して来た。紫原ならまだしも彼がキャンディを常備しているとは意外だった。

「ありがと。…コーラ味?美味いね」

渡された飴を舐めながらまた暫く沈黙が続いたが今度は緑間がその沈黙を破ってくれた。

「本当はこんなお遊び興味などなかったのだよ」

「…だったらやんなきゃいーじゃん。おかしいと思ったんスよね、緑間っちこういうの好きそうじゃないのに」

「あんな事を言われてみすみす他の奴らに先を越されるなどあり得ないだろう」

「その辺はよくわかんないけどさ…」

緑間の性格上こんなお遊びに興味がないことは納得できた。
ここは月明かりのみだが暗闇に目が慣れた俺にははっきりと緑間の顔が見える。
スッと綺麗に通った鼻筋に掛かる眼鏡の奥からは自分を真っ直ぐに見つめる瞳。美人、といえば怒るかもしれないが綺麗な顔立ちをした緑間に見つめられて少しだけドキッとしている自分がいる。
こんなときにそんなことを考えている自分が気恥ずかしく思えてそれを誤魔化すように視線を逸らした。
その時だった。
不意に、目の前の視界がぼやけた。

「…あれ…」

俺は軽い貧血に襲われる。
しかし、ただの貧血とは違い身体は段々と熱くなっていく。

「う…、」

急な身体の変化に戸惑い緑間を見上げたがレンズ越しの瞳は月明かりに反射してよく見えない。
透き通った低い声が頭上から聞こえる。

「やっと効果が現れたのだよ」

その意味が分からなかった。
収まるどころか段々と熱を増す身体に俺は膝を折ってしゃがみこむ。
呼吸がし辛い、苦しい。
俺は机に手をついて浅い息を繰り返した。

「み、どり間っ…ち…っ、熱い、何これ…っ…」

「手荒な真似はしたくなかったのだが。…仕方ないのだよ。人から食べ物を貰うときは気を付けろと習わなかったか」

そういって緑間は俺の頬に手を添える。それだけなのに俺の身体はビクッと異常な反応をした。触れられたところが疼くように熱い。

(何だこれ…っ、ほんと、やだ…!)

俺は身体を起き上がらせて緑間の手を叩いた。熱に身体が震えたが動けないほどではない。
距離を取るように後退したが緑間がその距離を詰めることはなかった。
ただ此方をみるだけ。やはり瞳だけは見えない。

「…お前は、俺じゃ駄目か?」

ただ心なしか声だけは切な気に聞こえたがそこ質問に対し冷静に返してやるほどの思考力も今はなかった。
すると緑間が此方に近付いてきた。
同時に俺は力を振り絞って掛け出した。

(こんなん、冗談じゃない…!)


扉を開け、廊下を走る。

後ろを振り返る余裕はなかったが緑間が追いかけて来る気配はない。
とにかくあの場所から逃げたくて俺は必死に走った。









その頃理科室ではー、

取り残された緑間がただ佇んでる。
何もせず、黄瀬の頬に触れた指先を見つめている。見す見す逃した感触を惜しむように。

「はぁ…全く上手くいかないものなのだよ」

深い溜め息と共にそう呟いた後緑間も理科室を後にした。
そうしてまだ終わりそうにないゲームに再び踏み出すよう緑間は暗闇に消えた。




130113













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