様々な楽器が重なり合い一つの音楽が充満するこの場所を周りは箱と呼んでいた。派手に化粧をした女、ピアスを無数に開けた男。そんな奇抜な格好をした奴らもいれば地味で大人しい格好をした人もいた。それぞれが違った個性を主張しあう中で一つ同じなのは流れる音楽に身を任せて軽快にリズムをとっている姿だった。

「……俺なんでここにいるんだっけ」

その中で一人後ろの方で立ち尽くす俺はきっと浮いていたと思う。何度か声を掛けられたが来慣れていない場所でのコミュニケーションは俺を酷く人見知りにさせた。
事の発端は前日の夜に遡る。








「もしもしー?」

「あぁ…?」

「俺、ショータでーす」

もう寝ようとベッドに入った時だった。急に携帯が鳴り「黄瀬涼太」と表示されたディスプレイを見てなんの疑いもなく電話にでると本来の黄瀬より高い声がスピーカーから聞こえた。

「お前……これ黄瀬の携帯だろ」

「うん、ちょっと借りてる。兄貴じゃなくてガッカリした?」

「馬鹿言ってんじゃねーよ。用ないんなら切んぞ」

「あー待って待って。大輝さんさ、明日暇?」

「明日は学校だよ。テメェもだろ」

「違う違う、昼じゃなくて、夜」

「夜……?」

「良かったらライブ見に行かない?退屈はしないと思うんだよね」

「……」

正直面倒臭かった。音楽自体は嫌いではないがものすごく興味がある訳でもない。断ろうと口を開くより先に溶けるよな甘い声が耳元へダイレクトに伝わった。

「お願い。……ね?一緒に行こ?」

つまり俺は男だった。









待ち合わせは18時だと言われていた。学校帰り、制服のまま直接きてやったというのに翔太の姿は見られない。時計はもう19時になる。目の前では既に何組目かのライブが始まっており正直耳障りなボーカルの奇声が何度も何度も繰り返されているだけだった。電話をしようかと携帯をみたが昨晩は黄瀬の番号からかけてきたアイツの番号はわからなかった。痺れを切らし帰ろうかと思ったところで次のバンドメンバーの登場に観客たちからは物凄い歓声が湧いた。
ステージには翔太の姿があった。

「…ライブって…お前のかよ」

てっきり一緒に見るものばかりだと思っていた。五人組で現れた中の一人、翔太は慣れた指でギターを弾き始めあっという間にライブハウスを湧かせた。俺は思わずその姿に見入ってしまう。本来1番目立つはずのボーカルよりもギターを弾いて時には跳んだり跳ねたりする翔太のほうが圧倒的な存在感を放っていた。あれが中学2年生のできる技なのか。観客の中には翔太の名を黄色い声で叫ぶ女も多かった。まるでバスケをしているときの黄瀬と同じだ。

「……あ?」

それを1番後ろで見ていた俺に、翔太が何度かこちらを見ているような気がした。気のせいなのか。でも確かにこちらをみて笑っている。数曲を歌い終えたメンバーは去り際に観客に手を降っていたがやはり翔太だけは自分の方に手を振っていた。





「やっぱ来てくれたんだね、アリガト」

「お前…出るんなら出るって初めっから言えよ」

翔太の演奏が終わってすぐライブハウスの外に連れ出された。地下を昇るまでの階段だ。灯りが差し込み切らず薄暗かったが人の熱気に包まれていた会場よりはまだ呼吸がしやすかった。演奏中で汗ばんだ額を拭いながら翔太は笑顔で首を傾ける。

「驚かせたくってさ。どうだった?俺の演奏」

「どうだったって……すごいと思ったぜ。ギターってあんな早く弾けちまうもんなんだな、見入っちまった。本格的にやるとあんなもんなんか?」

「はは、素直に褒められると照れちゃうけど。本格的ってもはじめたのは最近だよ。暇潰しになればなぁって感じで」

聞くところによれば音楽を初めて三ヶ月も経たないらしい。三ヶ月であのレベルに到達できるものなのか。器用なのも飲み込みが早いのも黄瀬にそっくりだ。ますます重なって見えてしまう。俺はつい先程の演奏を思い返す様に話をした。

「音楽のことはわかんねーけど好き嫌いで言うならラストの曲がすげー好きだったな俺」

「…ラストの曲…?」

「そう。特にサビ入る前のリズムとかが」

「……」

素直に感想を漏らすと翔太は急に黙り込んでしまった。何処となく不穏な空気が流れる。
何かいけないことを言ってしまったのだろうか。素人が生の音楽に意見するのはまずかったか。
そんな俺の不安を知らず翔太は沈黙を破る様に照れた笑みを見せた。

「……嬉しい。あの曲俺が作ったんだ」

「マジかよ」

「ホントだよ」

疑った訳ではない。純粋に凄いと思った。聞いていた演奏の中で翔太が作ったという曲は未だ俺の中で流れている気さえする。一度聞いただけで耳に残るメロディなどそうそう作れるものではない。
翔太は態とらしく残念そうな表現をして後頭部に腕を組んだ。

「あーあ。今日は俺が大輝さんにかっこいいとこ見せようとしたのに。あわよくば惚れさせようとしてたのにさぁ。俺のが喜んでんじゃん」


「知るかよ。つーか惚れるとか惚れねーとかあり得ないから」

「なんで?」

「なんでって…」

「兄貴がいるから、でしょ。知ってるよそんな事」

さらりと俺と黄瀬の関係を語るこいつの対応に未だ困る俺を知ってか、ずかずかと踏み込む言葉は止まる事なく続いた。

「でもそんなの関係ないでしょ。人の心なんて変わるし。俺は諦めるつもりはないから」

緩い口調だった。でも何処か真剣なそれに俺は何も言い返せずにいた。
すると俺より小さな身体は目の前で健気に背伸びをした。何か柔らかい感触が唇を掠める。

「な…っ、」

それは数秒程度だったと思う。あまりに不意だった為避けることも出来ずまた事態を把握することも出来なかった。

「へへ、キスしちゃった。来てくれたお礼。と、俺の気持ち。……そろそろ戻んなきゃ」


再びニッコリ、食えない笑みで笑う翔太は俺に背を向けたかと思うともう一度こちらを振り返った。その口には人差し指があてられている。

「このこと、兄貴には内緒だよ?」

そう言ってライブハウスに戻っていった背中をただ見送るしかなかった。俺は一人になった薄暗い空間でただ呆然としていた。頭が働かない。短い金縛りから解放されたように俺は息を飲んだ。同時に罪悪感を覚えた。


俺は初めて黄瀬以外の人間とキスをした。


120104





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