日曜日のお昼時。朝練を終えてから自由になった午後、俺は自分の家には帰らず黄瀬の家に向かっていた。
何度か訪れたことのある道のりを歩き、「黄瀬」と書かれた表札の前で立ち止まると鐘のマークが書かれたインターフォンを一度だけ押す。
さほど待たずに玄関が開き「いらっしゃい」とニッコリ笑いながら言った黄瀬に俺は早くも違和感を覚える。

「……あり?」

間抜けた声が出た。
俺と黄瀬はそこらの高校生に比べて身長や体格に恵まれている方だ。僅かに俺の方が高かいと思っているがそれでもさほど気にするような差はない。せいぜい数センチの差だから俺は黄瀬を少しだけ見下ろす程度の筈だったのだが、いま目の前にいる黄瀬と俺では明らかに10センチ以上の差があった。……そう、黄瀬の身長が明らかに小さくなっているのだ。それに鮮やかな金髪は痛みも知らぬ黒髪で俺は夢でも見ているのかと思い開いた扉を閉めようとした。

「いや、なんで閉めるんスか」

「悪い夢じゃないかと思って」

扉を閉めようとする俺とそれを阻止する小さな黄瀬との力が中和して結局開いたままの扉。そうだ、これは夢なのだ。そう思い出直そうとしたとき何かを察したように黄瀬が言葉を発した。

「折角来たんじゃない、上がってってよ。兄貴まだ帰ってないけど」

「……兄貴ぃ?」

「リョータに会いに来たんでしょ。俺は弟のショータ」

「……」

簡潔な自己紹介をされたもののあまりに瓜二つな顔を前に俺は暫く言葉が出なかった。そういえば弟がいるという話を聞いたことがあったような気もする。それがいつだかは思い出せないし追求もしなかったため記憶はかなり曖昧だった。
ようやく現状を理解した俺に黄瀬、改め黄瀬弟(ショータ)はまたニッコリと笑って俺をリビングまで招き入れてくれた。

「兄貴もうすぐ帰ってくると思うんだよねー」

広いリビングの真ん中に置かれているソファに座りながら台所で茶をいれてくれているらしい翔太の姿を改めて見た。しつこいが話だが本当にそっくりなのだ。今の黄瀬を少しだけ小さくして黒髪にしたバージョン、と言えば伝わるだろうか。身長こそ俺や黄瀬より低いもののそれでも170は超えているのだろう。兄弟揃ってイケメンなんて嫌味な家族だなと内心思った。

「麦茶でいい?」

「ああ、サンキュ黄……じゃない、えー…と、」
「黄瀬翔太。ショータでいいよ。兄貴もそう呼んでる」

隣に座る翔太は俺の戸惑いを少し楽しむように笑っていた。屈託無く笑う黄瀬とは違い何処か小悪魔のような笑みをする弟の方がヤツよりも少し大人びても見えた。痛まない艶やかな黒髪のせいもあるのだろうか。

「そんなに似てる?」

「え、」

「さっきからじーっと見るからさ」

「似てるっつーか…」

瓜二つだろ。俺は心の中で同じツッコミをした。そんな俺の心情を察してかクスリと笑う翔太は大胆にも俺の隣で距離を詰めてくる。視界が翔太の顔で埋まるくらいに近かった。

「大輝さんはさぁ兄貴と付き合ってるんだっけ?」

翔太は玩具を見つけた子供のように楽しげに尋ねてきた。俺と黄瀬の関係を第三者に尋ねられたのは初めての経験で肯定すればいいだけの質問に俺はやはり戸惑いを隠せなかった。

「ああ、別に兄貴から聞いた訳じゃないよ。ただ兄貴ってすっげー分かりやすいんだよね、大輝さんの話するときの顔ってば恋する乙女かよって位に赤くなんの、それが面白過ぎてさ」

「は…はぁ」

これは弟の翔太の洞察力が優れているのか、はたまた本当に黄瀬が分かりやすいのか。恐らくは両方だろう。
俺の知らないところで俺の話を身内にしていると聞いただけで気恥ずかしい気持ちになるのに恋する乙女なんて表現で弟に揶揄される黄瀬の顔も容易に想像がついて更にいたたまれなくなった。

「大輝さんは兄貴のどこが好きなの?顔?中身?もし中身っていうならすげー興味あるんだけど。あんなのの何処がいいの?」

「…質問攻めすんな。後実の兄貴にむかってあんなのとか言うなよ」

「えー…だってほんとの事じゃん。単純だし、馬鹿だし」

「それは俺も認めるけど」

「変に他人に気遣って笑うところとか、肝心なこと言わないで自分殺していい人ぶったりさー。……ほんと、馬鹿兄貴」

「……」

一瞬だけ笑顔消してそう言った翔太からは冷たい空気が流れた。実の兄を語るにしては棘のある口ぶりだった。しかしそれはどちらかと言えば愛情からくる愚痴のようにも聞こえた。
俺の沈黙を察してかまた直ぐに笑う翔太は更に身体の距離を詰めてくる。そして思いがけないことを口にした。

「大輝さんさぁ、兄貴やめて俺にしない?」

「はぁ……?」

「俺、兄貴と顔もそっくりだし。中身は多少違うかもしれないけど兄貴よりは賢いと思うんだよね。適度な茶目っ気もあるしオススメしちゃうんだけど」

唐突にそんなことをいう翔太を見てこれはやばいなと俺は背中に冷や汗をかいた。その言葉が冗談なのか本当なのか判断が難しいものの本気になって受け取るのはかなり危険だとも思った。
黄瀬は笑って本音を隠すタイプだがどうやら弟もその種の人間らしい。違うのはその笑い方だけで、黄瀬とは違い大人びて笑う彼は男でもグラッとくるような色気を醸し出していた。俺が特に抵抗しないのを良いことに翔太の行動は更にエスカレートし、あろうことか制服のズボン越しから下半身の中心に触れてきたのだ。

「この顔好き?俺もね、大輝さんの顔好きだよ。きっと兄貴もそう思ってる。分かるんだよね、俺たち顔だけじゃなく好みも似てるから」

「お前、やめ、ッ」

「安心してよ、兄貴より上手いと思うから」

「そういう問題じゃねーッ!」

貼り付けただけの爽やかな笑顔で俺のベルトをカチャカチャと器用に外しまだ鎮まったままの下半身を触り始めた。下着越しに触れられる掌の体温に身の危険を感じ殴ってでも逃げようとした俺の身体を馬乗りになり簡単に抑えけられた。華奢な見た目に反し力は思ったよりもあるらしい。

「おとなしくしててよ」

「…ッ」

そう言って唇が重なろうとしたときだった。ガチャリと玄関か音がした。黄瀬の声が聞こえる。それに油断した翔太の身体を今度こそ押し返し距離を取る俺を見て翔太はチッ、舌打ちをしていた。その顔は黄瀬にはない翔太だけの性格を垣間見たようでやはり兄弟でも似ない部分があるのだなと思った。
慌てたようリビングにやってきた黄瀬は随分急いだのだろう、落ち着かない息のまま中に入ってくる。そして弟の姿をるなりきょとんとしていた。


「青峰っちごめん!練習長引いてさ……って、ショータ?まだいたの?今日バンドの練習とか言ってなかった?」

「14時からだよ。そろそろ行こうと思ってたとこ」

「そか、練習頑張ってね」

「アリガト兄貴」

実際並んでみると本当に似ていると思った。微笑ましい兄弟の会話をぼんやりと見ていると翔太が俺の方に振り返り、黄瀬には聞こえない程度の小さな声でこう言った。

「ホントは兄貴が知るよりも先に、俺はアンタのこと知ってたんだよ」

「え、」

「じゃあまたね、大輝さん」

何で?
そう尋ねられるのを避ける様に手を振りリビングを出た翔太の背中を俺は呆然と見送るしかなかった。
そんな俺に気付かない黄瀬は「遅くなってごめんね」とまた謝っていたが翔太に襲われかけた事を思えばむしろ帰ってきてくれて有難うと返してやりたかった。勿論心の中でしか言わない(言えない)

「……、」

黄瀬よりも先に俺を知っていた。

そう言った翔太の言葉がもう一度俺の頭の中で繰り返された。


130102






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