除夜の鐘が鳴り響く新年の始まり。黄瀬は俺の部屋でテレビを見ていた。年末のカウントダウンが終わり、あけましておめでとうございます!と盛り上がるテレビの向こうの声や音楽はめでたく明るかった。俺は雑誌を読んで、
黄瀬は相変わらずテレビを見ていた。しかし突然、プツリと部屋を満たしていた音が消えた。黄瀬がテレビの電源を切ったらしい。ついでに勢いよく立ち上がった。俺は立ち上がった黄瀬を何事かと見上げた。振り返った黄瀬は真剣な表情で寝転んでいた俺の前に立つ。人のことは言えないが平均よりも身長の高いこいつに見下ろされるのはなかなかの迫力だ。その気迫に押されて俺はつい的外れな質問をした。


「………腹でも減ったのか?」

「青峰っち、海に行こう」


俺の質問も的外れだが、こいつの言葉も大概どこかおかしかった。いま何時だと思ってる?俺風呂入ったばっかりなんだけど。俺もお前もパジャマ(スウェット)だし。ついでにいうと……今冬なんだけど。
色々突っ込みたいことが多すぎてどれを先に言ってやろうかと考えている間に黄瀬は俺の手を掴んでもう一度「海に行こ」と言った。

「お前、なぁ…」

いつもならそんな唐突な我儘聞いてやるほど俺は優しくない。しかしこれが年明けのテンションと言うものなのだろうか。頭は妙に冴えてまだまだ眠れそうにない。だから仕方なくコイツのお願いに付き合ってやることにした。床に置いたままのダウンを羽織り、自転車の鍵と携帯だけをポケットに入れて俺たちは部屋を出た。


「あ、青峰っち…!」

「んだよ」

「重くないっスか?代わろうか?」

空気を入れたばかりの自転車をニケツして坂道を下っている途中だった。後ろに乗る黄瀬が遠慮がちにそう言ってきたが、そんなことよりも中途半端に掴まれた脇腹が擽ったくて堪らなかった。こんな時間から出掛けようと我儘を言うくせにニケツを遠慮する黄瀬の感覚が俺には分からなかった。




「わ、真っ暗っスねー…」

目的地に着くと自転車を止めて、さくさくと細かい砂浜に足を沈めて歩いた。時間帯のせいもあってか当然人はいなくて、聞こえるのは波音と自らが出す足音だけだ。いろんな貝殻の埋まる波打ち際で黄瀬が立ち止まったので俺もその隣で足を止めた。

「水平線も見えねぇな」

「ね。もうずっと海しかないみたい」

「なんでいきなり海なんだ」

「初日の出を青峰っちと見ようと思って」

「……後何時間後だと思ってんだよ」

初日の出を見たいなんて理由は少し可愛いと思ったが時計の針はまだ1時にもなっていない。太陽が昇るまでここにいろというのか。この寒い中を。

「お前寒くないの?」

「寒いっスよ!寒すぎて耳痛い」

ぶるぶると身を縮ませて顔の半分をマフラーで埋めている黄瀬の耳は痛々しいほどに真っ赤だった。

「後なんか、冬の海が見たかった。青峰っちと無事新年迎えられて幸せだなぁって思った途端あのぬるい部屋は夢なんじゃないかと思って。夢だったらこの場所に来たってぬるいままなのかと思って…」

「…うん。で、どうなんだ。これはお前の夢なのか?」

「わかんない。でも死ぬほど寒い。耳も痛い。だから多分夢じゃない、と思う」

夢には痛覚がない。寒さを感じたとしてもこんな凍えるような寒さは感じないと俺も思う。だから黄瀬のいう通り確かにここは現実なんだろう。そんな疑問を晴らすためだけに俺は冬の風を切って自転車を漕いだのだろうか。黄瀬は時折変な言葉で俺を困らせる。

「青峰っちと居ると幸せ過ぎて現実が夢みたいででも夢が現実なんだ。これが現実ならこれ以外の夢なんて見たくないしだから最近は眠るのが怖い」

そう言って波打ち際でしゃがみ込む黄瀬は膝で顔を隠していた。

「寝て、夢から醒めた途端、青峰っちがいなかったらどうしようなんて考えちゃうんだよ俺。マジ馬鹿だよね。つーか贅沢なのかなこれ。現実が幸せすぎて夢みれないなんてどうかしてるよね」

顔こそ隠れて見えなかったものの黄瀬の口調は自嘲気味でどうせ困り顔をしながらも笑っているんだろうなと思った。そんな弱味を見せるときくらいそれらしい顔をすればいいのに。我儘な振りをして人一倍気を遣ってしまうのが黄瀬だ。そんな黄瀬が俺だけに見せる弱い部分を俺はとても愛しいと思う。

「馬鹿じゃねーの」

「……否定できない」

「お前さぁもう少し単純でいいよ。頼むからシンプルに生きてくれ。俺の事好きなら俺の言葉を疑うなよ」

確かにここは現実だ。夢と現実の区別がつかなくなるほど俺はまだボケちゃない。
自転車を漕いで上がっていた息はとっくの前に落ち着いている筈なのに心臓はまだ少しだけ五月蝿く鳴っていた。きっと黄瀬が中途半端に俺に触れていたせいだと思う。

「俺は自分からお前の側を離れたりしねーから。安心しろ。好きだよ。ちゃんと。んなの曖昧過ぎて信じろって方が難しいだろうけどお前が信じてくれないと俺は悲しいと思う」

正直俺は黄瀬ほど思考回路が複雑ではない(と思ってる)好きなら好きで、それ以上の理由はいらないだろう。一緒にいたいならいればいい。俺が黄瀬を想う気持ちにも黄瀬が俺を想う気持ちにも確かな形はないしそれはとても曖昧すぎて目には目えない。せめていつでも側にいてることでその曖昧なものにもぼやけるくらいの輪郭でも見せてやれればいいと思う。

「あー…面倒くせ。お前のせいで俺まで変なことばっか考えちまうよ」

「…ごめん」

「うざいから謝んな。……とりあえず今年もよろしく」

未だにうつむいたままの黄瀬に俺は少し出遅れた新年の挨拶をした。その返事に黄瀬が顔を上げたとき真っ先にキスしてやろうと思った。耳だけじゃなく顔中を真っ赤にする黄瀬の顔が容易く浮かんだ。


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