18
飛行船は3日かけて、ゆっくりと空を飛んだ。会場につくまでは各々自由に過ごして良いと言われ、束の間の休息を味わった。
あと数時間後、最終試験会場に到着するはずだ。窓の外は、雲の切れ間から朝日が漏れる美しい景色が広がっている。それを眺め、うーんと伸びをした。
「わー、綺麗だねー!」
パタパタと走り寄る足音と共に、ゴンの明るい声が響いた。その背後からは両手をポケットに突っ込んだキルアが、まだ眠そうに歩み寄っている。
ゴンはペタッと窓に張り付くと、朝日に瞳を輝かせた。
「いよいよだね!」
「そうだね」
楽しんでいるようなその声色に、思わず苦笑が漏れる。
「どんな試験なのかなあ?」
「うーん、検討もつかない」
「ま、おそらく受験生同士の戦闘だろうな」
キルアは大きな欠伸をこぼしながら、当然のように言う。私とゴンはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「なんで分かるの?」
「なんでって……お前らなあ、あのジイさんに何聞かれたんだよ?」
呆れたように問われて思い返す。あのジイさんとはネテロ会長のことだ。飛行船に乗った日の夜、一人一人呼び出され面談を受けたのだ。問われたのは、確か「なぜハンターになりたいのか」「一番注目している受験生」「一番戦いたくない受験生」の三つ。
「全員同じ質問をされたとすれば、受験生同士を組み合わせて戦闘させるんだろうな。ま、チーム組ませる可能性もあるけど」
「せ、戦闘かあ〜……」
合格できる気が一気に失せてしまった。顎に手を添え冷や汗を掻く私を、キルアはじっと見つめる。
その視線に気付き目を合わせると、キルアは「ナマエは……」と言いかけて、口を噤んだ。
「ナマエはなんて答えたの?」
ゴンが明るい調子で聞く。言い淀んだキルアも、私をじっと見たまま黙っているので、回答を待っているらしい。
「私は……」と呟きながら、思い起こそうと視線を空に向けた。
「志望理由は、身分証明が欲しかったからでしょ」
「それは知ってるって」
「注目してる人は? 誰って言ったの?」
問い直されて二人に目をやる。ニコニコと問うゴンと反対に、キルアはどこか緊張しているように見えた。不思議に思いながらも、ネテロとの面談を思い返す。
「ゴンって言ったよ」
「えっ! オレ?」
ゴンは意外そうに目を丸くした。キルアはといえば、どことなくムスッとしている。
そんなこと気付きもせず、「なんでオレなの?」と嬉しそうに純粋に問うゴンに頬が緩んだ。
「ゴンは殺伐とした中でもいつも明るかったし。ゴンといるとね、癒されるし和むし、合格してほしいなって思うよ」
正直に言うと、食堂でゴンと会話した直後だったという影響は大きい。だが、本心からの言葉だ。
「わーい! ありがとう!」とニコニコと笑うもんだから、こっちまで嬉しくなる。
それに反して、キルアの機嫌は益々下降していき、刺々しいオーラを発していた。
「オレはね、戦いたくない人にナマエを挙げたよ! キルアとクラピカとレオリオも!」
「え、多くない?」
「だって選べなかったんだもん。ナマエは誰だったの?」
私はゴンと合わせていた視線を、ついと横へ移した。そこには、拗ねたように目を逸らしているキルア。
彼は私の視線に気付くと、不満そうに「なんだよ?」と聞き返した。
「……キルアって言った」
「えっ」
キルアは大きな目を更に見開いた。
あの時、ネテロに問われた時、一番に思い浮かんだのは、スケボーを抱えた背中だった。
キルアには何度も、何度も助けられた。どうしてそんなに助けてくれるんだろうって、不思議なほど。
もちろん、直後にゴンやクラピカ、レオリオの顔も浮かんだし、この中の誰とも戦いたくなんかない。それでも、真っ先に浮かんだのはキルアだったのだ。一緒に歩いていても、なかなか振り向いてくれない素っ気ない背中を思い浮かべて、私の口元は緩んだのだった。
きょとんとしたままのキルアを見て、今は苦笑が浮かんだ。
「そんなに意外?」
「……いや、ヒソカだろうなって……」
「あー、うん。まあ、ヒソカとも絶対戦いたくないね。間違いない」
死ぬ気しかしない。ゴンみたいにたくさん挙げて良かったのなら、ぜひヒソカの名前も挙げたかったところだ。
向かい合うキルアの、ぽけっとした顔が、これまで見た中で一番幼く――いや、年相応の少年に見え、なんだか可笑しかった。
「キルアはいつも助けてくれる、恩人だもん。戦いたくなんかないよ」
勝てっこないし。私の正直な思いを述べると、キルアは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに笑みを押さえ込むように口をギュッと紡ぎ、プイと視線を逸らした。「お前は手ェ掛かり過ぎなんだよ」なんて憎まれ口を叩きながら。
明らかな照れ隠し。私とゴンは目を合わせると、お互いに笑みを零した。
「お、こんなとこに居たのか」
「もうすぐ到着だそうだぞ」
ふと背後から掛かった声に振り向く。レオリオとクラピカが、荷物を抱えて歩み寄ってきていた。
一人一人の顔を見ていると、なんだか落ち着く。このまま全員で合格できたら、どれだけ嬉しいだろう。
「みんなで、合格したいね!」
思いを代弁するかのようにゴンが言った。純粋なその言葉に、四人全員の顔に笑みが浮かんだ。
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