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「お前さんはどうじゃ?」なんてネテロに誘われたけど、シャワーを浴びたあとに汗をかくのも嫌だし、第一勝てる気が一切おこらないので遠慮した。
ゲーム会場をあとにし寝床を探す私は、椅子に座って夜景を眺める坊主頭を見つけた。私が彼に気が付くと同時に、彼も私を振り向いた。
「おっ、お前は」
「……忍者さん」
受験生のなか、たった二人の寿司を知っていた者同士。やはりお互いに認識していた。
彼、ハンゾーは忍には似つかわしくない笑顔を掲げ、ベンチを叩いた。
「いやー、お前とは話してみたかったんだよ! 座れ座れ! 同じジャポン出身同士語り合おうぜ! こんなところで同じ故郷のヤツに会えるなんてなー!」
口を挟む隙を一切与えない、マシンガントーク。この男、本当に忍なんだろうか。
「ちょ、待ってください、ハンゾーさん」
「なんだよ敬語なんて水臭い! 同郷の仲だぜタメ口な! それにハンゾーで良いって! お前ジャポンのどこ出身なんだよ? あ名前なんだっけ? ナマエだっけ? これオレの名刺な!」
「うるさい黙れ」
「うるさい黙れ!?」
よくそこまで口が回るもんだ。余りの弾丸っぷりに思わず暴言が口を衝いた。
陽気すぎる忍者はそれでも気を悪くせず、快活に笑っていた。私はハァと溜め息をつく。
「あのね、まず言っておきたいんだけど、私記憶喪失なの」
淡々と宣言すると、ハンゾーの顔は驚きに満ちた。
「一年前からしか記憶がなくって、それまで何をしていたのかも、どこから来たのかも分からなくって。だから自分の故郷を探してるの」
「……なるほどな」
流石頭がキレるらしい、皆まで言わずともすぐに理解してくれた。打って変わって真剣な表情で顎に手を添えている。「そういうことなら、」と呟くと、私の肩を優しく叩いた。
「ジャポンのこといつでも教えてやるよ。試験が終わったら案内してやってもいいしな」
「! ほんと?」
「勿論だ」
願ってもないことだ。現地を訪れれば記憶の蓋が開く可能性だってある。ハンター試験に来てから、どんどん良い方向に進んでいる気がする。
「とりあえず連絡先交換しとくか」と、ハンゾーは懐から携帯電話を取り出した。忍者と携帯ってなんだかミスマッチだな、なんて思いつつ、私もポケットを漁る。
「……なにしてんの?」
瞬間、ゾワリと肌が粟立つ。冷たい声が背後から掛かり、振り向くと、全身汗だくのキルアが立っていた。
……なんだろう。まとっている雰囲気が、これまでの彼と違う。
「……れ、連絡先、交換」
「……あっそ」
聞いたくせに素っ気なく返した彼は、ふいと視線を背けるとそのまま去っていった。
なんだったんだ、とキルアが消えた方向を見つめていると、ハンゾーが「あいつ、」と呟いた。
「誰か殺ったな」
「えっ?」
驚きハンゾーに視線を戻せば、真剣な表情に鋭い眼光で、キルアが曲がった角を睨んでいた。
これまで見た事のない"忍”の目だ。
「気が付かなかったか? 血の匂い。オレも忍だからな。わかるんだよ」
彼はスンと鼻を鳴らし、確信めいた声で告げる。
私は動転した頭で何を言えば良いのかわからず、困惑した。
「お前らよくつるんでるようだが、アイツはちょっとヤバいかもな。多分、闇の世界の人間だろ。
……ま、これはちょっとお節介か」
ショックを隠せない私を見て、ハンゾーは最後の言葉を付け足した。
朝9時半を過ぎた頃、予定より遅れて飛行船は試験会場へ降り立った。
一見何もない高い塔――トリックタワーの頂上で受験生はおろされ、試験内容を告げられる。
72時間以内に、生きて下まで降りてくること。3日間とは随分長丁場である。
強い風が吹き付ける上空で、私はチラリとキルアを伺い見た。
ゴンと一緒に「たっけ〜」「すっげ〜」と騒いでいる様子からは、昨夜何かがあったとは読みとれない。
ただし、受験生が2名減っているのは事実だ。
「さて、どうすっかなー」
端に立って遥か下を覗き込んでいたキルアが、背中を起こし腰に手を当てた。
そしてぐるんと振り返った視線が私のものとぶつかる。心臓が一際大きく音を立てた。
「!」
「なあ、」
「おーい、ナマエ!」
キルアが私を見据えて一歩踏み出した時だった。被さるように明るい声が聞こえ、振り返るとハンゾーが走り寄ってきていた。
キルアは躊躇したように踏みとどまる。ハンゾーは何も気付いた様子はなく、快活な笑顔で私の肩に手を置いた。
「こっち来いよ、良い事教えてやる! 実は隠し扉を見つけてよ!」
「あ、うん」
促されるまま歩き出しながら、ちらりとキルアを振り返る。彼はどこか不貞腐れたような顔で視線を逸らしていた。
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