走り始めてかれこれ6時間が経過していた。脱落者は一名のみ。受験生のレベルの高さが伺える。
かくいう私も、体中汗が流れるし息も荒いが脱落するほどじゃない。記憶をなくすまで何をして生きてきたのか知らないが、それなりに鍛えられた体のようだ。

平坦だった道が先の見えない階段へと代わり、さすがに息が上がってきたもののなんとか足を動かす。ゴンやキルアの姿は見えず――おそらくもっと先を走っている――私は少し後ろを走る、レオリオを振り返った。

「……大丈夫?」
「おうともよ!!」

滝のような汗をかき、歯を食いしばりながら答えるレオリオは、なんとか気力で駆け上がってきている。上半身裸でなりふり構わず走る彼のことが何だか心配で、人の心配をしている場合じゃないとは思いつつも、ペースを落として隣に並んだ。
レオリオの目がちらりと私を見る。

「……お前、記憶喪失だって言ったな」
「うん」
「もしかして、事故にあって頭をぶつけたとかかもな」

唐突に上げられた原因にキョトンとする。レオリオは視線を前に向けながら、腕で額を滴る汗を拭った。

「脳に損傷があると、そのショックで記憶喪失になることとかあるんだよ。他にも、何か忘れたいくらい衝撃的なことがあったとか」
「……レオリオって、お医者さん?」

ふと思い浮かんだ可能性を尋ねた。
レオリオが上げた原因は、一年前に医者からも告げられていたからだ。
私が首を傾げながら見やると、彼は照れくさそうに顔を逸らした。

「……志望はな! だが医者になるには金がいるんだとよ! 金がないやつは勉強もできねぇ!」

悔しそうに歯がみする彼の頬を、また新たな汗が流れる。私が何も言えないでいると、「なるほどな」と背後から声が掛かった。
「お前のハンター志望動機はそれか」
「! クラピカてめぇ、聞いて……」
金髪の彼ことクラピカが、私たち二人の後ろを走っていた。目が合ったのでなんとなく会釈すると、「クラピカだ」と唐突に名を告げられる。慌てて私も自分の名前を返した。

志望動機を聞かれてしまい、照れくさそうに舌打ちするレオリオ。彼は亡くなった友人と同じ病気の子どもを無償で治すために医者をめざし、その資金を稼ぐためハンター試験を受験。そしてクラピカの志望動機まで聞いてしまっては、自分の「身分証明書欲しさ」という理由がとても稚拙で恥ずかしくなってしまった。

「……なんか、自分が恥ずかしくなっちゃった」
素直に思いを告げると、二人の視線が自分に向く。なんとなく顔を上げられずに、休みなく動く自分の足を見つめた。

「何も恥じ入ることはない」
「そうだぜ。志望動機が立派だろうがなんだろうが、結局は受かるかどうかだからな」

うーん、それはそうなんだけど。
汗を拭った手で髪を触る。言葉を返せない私に、クラピカは「それに、」と続けた。

「ハンターになることで得られるものは、身分証明だけではないぞ」
「えっ?」
「ハンターになれば様々な情報にアクセスできる。記憶を失う前にナマエが何をしていたのか、家族はいるのか、分かるかもしれないな」

青天の霹靂だった。いや、普通真っ先に思い浮かぶことかもしれない。だが証明書欲しさに選んだ道が、自分が何者かを知る近道だったなんて、まさに暗闇に光が差した気分だった。
私が期待に胸を膨らませたまさにその時、坑道にも地上の光が差し込み、長い地下からの出口を予感させた。

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