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昨日の出来事は、お互いに触れないことが暗黙の了解だった。
たまにおばあちゃん(こう呼ぶことにした)(師範と呼べと言われた)がニヤついた笑みで私と浦飯くんを見比べる以外は、その話にはならなかったし、いくらなんでも私も恥ずかしいので、わざわざ触れることはしなかった。

一夜明けた今、私は早速修行を始めるために道場に立っていた。
浦飯くんは少し離れたところにあぐらをかいて座っている。





霊界探偵補佐ナマエの修行





修行と言ったって、私に霊能力やらの特別な力は何も備わっていない。私はそう思っていたが、どうやら一度死ぬという特別な経験をすると一般人とは体質が変わるらしい。おばあちゃん曰く、“霊界という霊気の塊みたいなところに行ったのだから当然のこと”だそうだ。
だからといって私の霊力はそこらへんの霊感が強い人に毛が生えた程度。霊界探偵補佐として使えるようになるには、おばあちゃんのもとで厳しい修行を積む必要がある。


「まずは基礎の基礎からだ。相手の霊波動を受ける特訓。加減してやるから集中するんだよ」
「コワイめっちゃコワイ」
「油断すると死ぬからね」

生き返った翌日に死ぬとか笑えない!
全身の毛穴から汗が出て体を伝っている。思いっきり逃げ腰だが、震える両手をなんとか構えておばあちゃんに向き直る。

「おいおいナマエ、緊張しすぎだよ」
「こんな時にリラックスできるほど神経図太くない!」
「なに言ってんだい、修行に危険はつきものだよ。昨日幽助とキスした時の度胸はどうした」
「そのことに触れるなァ!!」
「幽助お前はほんと青いね、大体キスしたあとは抱きしめたりするもんさ」
「テメェやっぱり見てやがったんじゃねーか!!」

飛びかかろうとした浦飯くんにおばあちゃんが手の平をむける。それが光ったかと思うと、次の瞬間には浦飯くんはぶっ飛んでいた。
初めて見る霊波動に感心する間もなく、ますます不安になる私。おばあちゃんは「とっととやるよ」と言うと、今度は手の平を私に向け、光を放った。

「んぎやああああ!」

光が手の平が触れ熱くなったと思った、次の瞬間、光は四方に散らばり、私の体はぶっ飛んでいた。
床に思い切り背中を打ち付け悶える私に、おばあちゃんの「ほう」と呑気な声が聞こえる。

「いまミョウジに触れた瞬間、ばあさんの霊気散らなかったか?」
「ああ、反発した。どうやら先天的に抵抗力が高いようだね」
「抵抗力?」

背中をさすりながら聞き返す。

「今はまだまだ未熟だが、特訓すれば相手の攻撃をはじき返し、そのまま相手にダメージを与えることだってできる。さあ、再開するよ。さっさと構えな」




その日から二週間。学校が終わってすぐにおばあちゃん家に飛んで行き、修行をする日々を送った。
私は自分の身を守るため、おばあちゃんや浦飯くんに付き合ってもらい攻撃をはじき飛ばす訓練に励んだ。もちろんすぐにうまくは行かず、打ち付けまくった背中と尻はジリジリと痛んでいる。
体力や身体能力の向上のための基礎練習は、浦飯くんと並んで(メニューは十分の一以下)行なった。
時折ぼたんが様子を見に来ると、霊界探偵補佐として心霊治療の技術を学ぶこともあった。そんな日々を繰り返し、毎日気力も霊力も体力も使い果たしへとへとになって眠った。


「あー、学校かったるいなあ」

疲れ果てた体を引きずり教室のドアを開ける。修行を優先して学校に来ない日も増えたので、元々サボリ魔と呼ばれていた私は余計に目を付けられている。登校したと思えば居眠りする私に先生たちが腹を立てるのもわかるが、毎日心身を酷使しているのだから仕方ないと思う。
浦飯くんは修行と学校を両立する気はさらさらなく、学校には全く来ていない。なんでも“暗黒武術会”というものが一月半後にあるらしく、それに向け死に物狂いで修行をしているのだ。その様子は私から見ても血の気が引くほどのものだ。ちなみに私はというと、コエンマから「暗黒武術会は霊界の依頼ではなく、出場する必要はない」と言われて安堵している。妖怪との武術会なんて、私が出場しても命を無駄にするだけだ。

フゥとため息をついて授業の準備をする私は、机に誰かの影がかかったことに気が付き顔を上げた。


「?」
「……ミョウジ、お前……」
「桑原くん?」

リーゼントがトレードマークのクラスメイト。浦飯くんが生き返ってからというもの、彼と一緒にいるところはよく見るが、直接関わったことはほとんどない。
そんな彼が怪訝そうな顔をして私を見下ろしている。首を傾げて見返すと、彼の頬や腕に多くの絆創膏や湿布が張られていることに気付いたが、また喧嘩をしたのだろうとしか思わなかった。

「どうしたの?」
「いや、なんか……感じ変わったな……」
「そう?」

まさか霊力に目覚めたことを指摘されているとは思いもしない私は、「一回死んだなんて言ったら驚くだろうなあ」と心の中で笑いながら、とぼけた顔をした。
すると彼の背後から、いつも一緒にいる三人組が顔を出した。

「なんすか桑原さん、ミョウジのことナンパしちゃって」
「こないだまで熱を上げてた子にはついにフラれたんスか?」
「んなっ! そんなんじゃねぇよ! それについにってなんだついにって!」

桑原くんが拳を作って三人組に怒鳴ったとき、授業開始のチャイムが鳴った。
ガヤガヤと席に戻っていく彼らを見て、結局桑原くんは何が言いたかったのだろう、と首を傾げた。

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