1


(あ、浦飯くんだ)


その日私は大寝坊をして、一時間目はとっくに始まっているだろう時間、学校に向かって走っていた。その上、知りもしない道を「近道かも」と思い曲がったところ、見事に迷子になった。つまり、普段は通らない道、時間、たまたまこの道を走っていたのだ。
どうせ遅刻だし諦めようかなー、サボっちゃおうかなー、でも二時間目の小テストは受けとかないとやばいかなー、なんて頭の隅で考えながら、私の目は少し前を歩く後ろ姿を捉えていた。
あの後ろ姿は、同じ学校に通う浦飯くんだ。私は走っているというのに、彼は焦る様子もなく歩いている。しかも私服。つまりサボリだな。

浦飯くんとは特別仲が良いわけではないが、たまに私が屋上や中庭でサボっていると出くわす、サボリ仲間。顔を合わせると二言、三言会話をする。彼は学校一の不良だし、学校に来ない日も多いし、クラスも違うので、友達かと聞かれると微妙なところだが、まあお互い悪くは思っていない……と思う。
そんな浦飯くんは数ヶ月前に死んで、その後突然、生き返った。言葉にすると訳が分からないが、言葉通りなのだから仕方がない。

浦飯くんに声を掛け、追い越そうとした時だった。彼が電信柱の少し手前でピタッと止まり、握りこぶしを作ったのが視界に映る。だが私は気にも留めず、彼の顔を覗き込むように声を掛けた、その時だった。

「浦飯くん、おはよー」
「ッ、ミョウジ!?」
「浦飯ィ、覚悟ォ!!」

浦飯くんの焦ったような表情と、電信柱の影から飛び出して来た見知らぬ男。そして、振り下ろされる、鈍く光る銀色のバット。それが、私が見た最後の光景だった。





平凡女子ナマエの死亡





次に私の目がパチリと開いた時、映ったのは眩しいくらいの真っ青な空だった。グルリと視界を回すと、その反対側に異様な光景が広がっていることに気付く。

………私だ。地面に仰向けに倒れているのは、間違いなく私だ。その隣には金属バットと、見知らぬ男が倒れている。男はだらしなく白眼を剥き、その頬は紫色に腫れていて、殴られた拍子に気を失ったのだろうとなんとなく予測が付いた。

「おい、ミョウジ!」

ふよふよと空中に浮きながら(ちなみに体は半透明)、なぜか冷静に事実整理をしていた私は、名前を呼ばれてパチリと瞬きをした。
そうだ、浦飯くんがいたんだった。私の体を揺さぶっていた彼は、恐る恐る私の手首を持ち上げると指を添わせた。

「………マジかよ……」
「………死んでるの?」

溢れた悲痛な声に思わず反応すると、浦飯くんの頭が勢いよく上がり、瞬時に目があった。
あ、聞こえるんだ、見えるんだ。なんとなくそう思う私を見ながら、彼は目を丸くした。

「お前、霊体になってんじゃねぇか……」
「マジで? いま私、やっぱり幽霊なの? どうしよう」

まだ14なのに死んでしまった。自分でも驚くほど冷静で不思議に思うが、突然すぎて泣きわめいたり取り乱したりする気にもならず、淡々と自分の死に顔を眺める。思い切り殴られた(多分)というのに特に外傷は見当たらず、眠っているかのように閉じられたその瞼を見ながら、私ってテンパると逆に冷静になるタイプなんだなあとか考えていた。
その時、ただただ呆然と自分の死体を見下ろしている私を、チラチラと気遣わしげに見やっていた浦飯くんが、突然目を丸く見開いた。


「ぼたん!」
「幽助あんた……ついに罪もない女の子を……?」
「オレじゃねー!!」

宙に浮かぶ私の隣に、フワリとオールに乗った女の子が舞い降りた。水色の髪をポニーテールにまとめた可愛い女の子は、私よりよっぽどテンパっている浦飯くんに向かって「わかってるよ、冗談じゃないか」と言った。

「この状況でよく冗談言えんなテメーは!」
「ミョウジナマエちゃんだね、初めまして! あたしは霊界の水先案内人、ぼたんって言うんだ。よろしくねぇ」

無視かコラ! と叫ぶ浦飯くんを尻目に、ぼたんは私の手を取り握手を交わした。
何一つ理解していない私の頭にはハテナマークが一杯飛んでいる。というかこの子、人が死んでる時に不謹慎なほどテンション高いな。

「えーと、なにがなんだか分かんないんだけど」
「だろうねェ。だってあたしらもそうなんだから」
「あ? どういうことだよ?」

浦飯くんと私は同時に首をかしげる。そもそも"霊界の水先案内人"とやらが何かも、浦飯くんとこの子がどういう関係なのかも分からないのだ。
ぼたんはなにやら渋い色のノートを広げ、覗き込みながら話す。

「それがねぇ、どうやらナマエちゃんが今日死ぬ予定はなかったみたいでねぇ」
「………はぁ?」
「あの男は幽助を狙って奇襲を仕掛けるけど、当然返り討ちにされる予定だったのさ。あの道をあの時間にナマエちゃんが走っているのは全くの予定外で、極楽にも地獄にもナマエちゃんの行き場はないんだよ」
「………おい、どっかで聞いたような気がすんぞ」

ボソリと呟く浦飯くんの斜め上で、私の頭はパンク寸前だ。死ぬ予定じゃなかった? 行き場がない? 確かに通ったことのない道を今日に限って走っていたけれど、それが神様すら予想できなかったと?
ただでさえ大混乱の私を親指で差して、浦飯くんは爆弾発言をした。

「じゃあコイツも生き返んのか?」
「…………はっ?」
「いや、実はオレが死んだのも霊界の予定外でよ。試練を受けて生き返ったクチだ」

いや、こともなげに言われても。

「オメーあん時、こんなことは100年に一度あるかないかのハプニングーって言ってなかったか?」
「その筈なんだけどねェ、この頃はハプニング続きで霊界もてんてこまいさ」


相変わらず当事者の私を置いてけぼりで話す二人だ。内容は全く理解できないが、「ぶじゅつかい」だの「とぐろ」だのと重々しく話している。
会話に入る事もできずぼーっと眺めていると、浦飯くんは地面に置いていた鞄を抱え上げた。

「んじゃあ、オレはバーサンのとこに行って2ヶ月ミッチリ修行してくらぁ。ミョウジも頑張れよな」
「あっ、ちょっと待ってよ幽助!幻海さんのとこに行くならナマエちゃんの体も連れて行っとくれ!」

ぼたんが浦飯くんにとんでもないことをお願いする。私の体って、浦飯くんに死体を抱えて移動しろと?
当然浦飯くんも嫌がるが、ぼたんは彼にずいと近寄ると、真面目な顔をして告げた。

「こんなところにナマエちゃんの体を置いといて、病院やら葬儀やらってなったら生き返るときややこしいじゃないか! それにナマエちゃんはあんたを襲おうとしたヤツに殴られて死んじまったんだよ! ちったぁ責任感じないのかい!?」
「……ぐっ……」

浦飯くんは言葉に詰まって冷や汗を垂らした。彼は不良ぶっているけれど、根は優しく仁義を通そうとすることは私も知っている。
なんだか微笑ましく思いながらも、私は浦飯くんと顔を合わせた。

「私の体をよろしくね」
「……ったく、しゃーねーな」

ぶっきらぼうに呟きながらも、私の体を抱え、彼は去っていった。

← / top /
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -