「嘘よ!そんなはずないわ!」
「本当なんだーーもう二人はいないんだーー」
「信じないわ!どうして!なんで二人が死ななくちゃいけないのーーー」
「俺だって信じたくないさ!でも、もう…ジェームズもリリーもいないんだ…」
「嫌よ!こんなのあんまりだわ!こんなの…こんなの悪夢よ………」




目を開いた先にあったのは、懐かしい旧友の顔ではなく、毎朝見ている白い天井だった。扉の隙間から、パンプキンパイのむせ返るような匂いが漏れていた。
ナマエは額の汗を拭うと、フゥと息をついた。まだ鼓動がうるさく、瞬きをすると目尻から涙が零れる。
両掌で顔を覆うと、さっきまで見ていた夢が鮮明に思い出される。
あれから、もう十年だ。


1991年10月31日


「すみません、マダム・ピンス。あの、私、今日はーーー」
「ああ、わかっていますよ。ハロウィンですものね」
「毎年毎年、ご迷惑おかけして…」
「気にしなくっていいのよ。体調は大丈夫?」

マダム・ピンスが心配そうに窺うが、ナマエの顔色は悪く、笑顔も力なく見えた。
今日、ハロウィンを迎えたホグワーツは、城中にパンプキンパイの匂いが充満する。
ナマエはこの匂いを嗅ぐとどうしても、フラッシュバックのようにあの夜を思い出してしまうのだった。

図書館を出ると、大広間に向かう生徒たちとは反対方向に歩き、よろよろと壁に手をついた。
十年もの月日が経ったというのに、情けない。そう呟くと、自嘲気味に笑った。
ふと見上げた前方に、自分と同じように反対方向へ向かう人影を見つけ、声を掛ける。

「クィレル先生?」

ナマエが声を掛けると、クィレルは飛び上がって振り向いた。蒼白な顔をこちらに向け、キュッと口元を結んでいる。
クィレルがそんな反応を見せるのはいつものことなので、ナマエは気にせず近寄った。

「どこに行かれるんです?パーティ始まっちゃいますよ」
「…ミ、ミス・ミョウジこそ…」
「私はちょっと…カボチャが苦手なもので」
「わ、私は少し…地下室に、用が…」

視線を彷徨わせながらそう言うと、クィレルはぺこりと頭を下げ去って行った。
その様子に首を傾げ、暫くクィレルが去っていった方向を見つめていた。
どこか、様子がおかしかった気がしたのだ。

「あれ、ナマエじゃない?」
「ほんとだ。おーい、なにしてるんだい?」

廊下に突っ立っているナマエに、通りかかったハリーとロンが声をかけた。
ナマエは廊下の角を見つめていた視線を二人に向ける。

「ボーっとして、なにしてるのさ。食べに行かないのかい?」
「あー、うん。ちょっとね…
ああ、ところで、ハーマイオニー知らない?」

なんの気なしに問い掛けると、二人の肩がびくりと跳ねた。
その様子に眉を上げるナマエの視線を逃れるように、「し、知らない。じゃあ」と足早に去っていく。
ナマエは急いで二人を追いかけた。

「なに?なにかあったの?」
「なんでもないよ。ハーマイオニーに何の用なの?」
「彼女が探してた本が入荷されたから…。で、お二人は何を隠しているわけ?」

ナマエがハリーとロンの前に立ちふさがると、二人は気まずそうに顔を見合わせ、ぽつぽつと話しはじめた。
呪文学の授業中、いつものようにロンとハーマイオニーが喧嘩になったことーーーロンが「誰だってあいつには我慢ならない」と言ったのを聞かれてしまったことーーーそのあと、授業にも出てこず、噂では一人で泣いていることーーー。

話し終わると、ロンはいつもより縮こまり、ハリーはナマエの表情をうかがった。
ナマエはため息をつくと、しょぼんとしている二人を見下ろす。

「生徒同士の人間関係に口を挟むのは好きじゃないんだけどーーー。
これだけは言っておくけど、“口が滑った”じゃ許されないこともあるのよ」

そう言うナマエの脳裏には、魔法薬学教授の顔が思い浮かんでいた。

「それにね、私はハーマイオニーのこと大好きなんだからね」

それだけ告げると、俯く二人に背を向ける。そのまま歩を進めようとして、目の前の光景にギョッとし立ち止まった。ハリーとロンを追いかける余り、大広間まで来てしまっていたのだ。
空中に浮かぶジャック・オ・ランタンとコウモリ、金色の皿の前でお喋りをする生徒たち。
ナマエは思わず口元を抑え、よろめいた。後ずさりした足が何かを踏み、そのままズルっと転びそうになる。

「ぎゃあっ!」
「………何をしているのかね」
「えっ?あ…セブルス?」

尻餅を付きかけたナマエの腕を、不機嫌そうな顔をしたスネイプが掴んで居た。スネイプはそのままぐいと引き上げ、強引にナマエを立たせた。
ナマエはぺこりと頭を下げ、礼を述べる。

「ごめん、なんか踏んじゃって」
「踏んだのは我輩のローブだが」
「………重ね重ねすいません……」

不機嫌そうに鼻を鳴らすスネイプに、ナマエは再び頭を下げた。
そんなナマエ達のそばを、女生徒がチラチラと見ながら通り過ぎていく。
少し離れてから顔を寄せ合い話しているその様子から、大体のことは理解できたが、グリフィンドールの席からウィーズリーの双子がニヤニヤと手を振っているのを見て確信を得た。
………どうやら、言いふらしてくれたご様子で………。

「…珍しいな、参加するのは」
「えっ?」

双子を睨みつけていた視線を、急いでスネイプに向ける。
スネイプは少しナマエの顔を見つめたが、フイと顔をそらし、興味がなさそうに呟いた。

「…顔色が悪い。無理するな」
「あ、うん…。ありがとう」

ナマエが力なく笑った、そのときだった。
スネイプとナマエの隣を物凄い勢いで誰かが駆け抜けたと思ったら、静まり返った大広間に告げた。

「トロールが………地下室に………」

クィレルはそれだけ言うと、目を回して倒れた。

水を打ったような静けさだった大広間は、すぐさま生徒の叫び声で溢れることとなった。監督生に引率されていく生徒の群れを掻き分け、ナマエは他の先生方と同じようにダンブルドアへと駆け寄った。腐っても教職者。生徒たちを守らなくてはならない。

「先生方は地下室へ。トロールを探さねばならん」

ダンブルドアがそう言うと、それぞれ地下室へと駆け下りていく。ナマエはそんな中、ツカツカと歩を進め、教職員のテーブルの前でしゃがみ込んだ。

「…行きましょうか、クィレル先生」
「………えっ!あっ、はい…」

ナマエが声を掛けると、クィレルはびくりと体を震わせ、気絶していた意識が戻ったような“フリをした”。
じっと視線を送ると、引きつった笑みを浮かべながらも地下室へと向かう。ナマエはその後ろを、見張るように目を離さず歩いた。

「…先生、さっき、地下室に向かわれたんですよね?」

階段を下りたところで、ナマエはそう切り出した。クィレルは目を泳がすと、「え、ええ」と言い歩き続けた。

「その時に、トロールを発見された…と言うことですか?」
「え、ええ。驚きましたよ…」

探るような視線から逃れるように、クィレルはきょろきょろと周囲を見回した。
ナマエが再び口を開こうとしたとき、廊下を唸り声が響き渡った。
地下室からではない。上階からだ!

ナマエは急いで踵を返し、今おりて来た階段を駆け上がった。クィレルがあとから付いてくる。ひっきりなしに聞こえる唸り声と物が壊れる音を聞きつけ、マクゴナガルとスネイプも駆けつけていた。

ドシン、という一際大きな音が聞こえたあと、駆け込んだ女子トイレで見た光景にーーーハリー、ロン、ハーマイオニーが居たことにーーークィレルよりも先に、腰を抜かせてしまった。

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