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02




みんなが寝てしまったあとの、雨が降る夜はきらいだ。嫌なことばかりを思い出してしまう。窓から目をそらすように仰向けに寝転んだ。ふかふかの真っ白なベットは気持ちがいい。

「もう寝るの」
「……アマンド」

ベットの片側がすこし沈む。なにか作業をしていたのか、彼女は、いつも背中に垂らしている髪をひとつにまとめていた。それを無造作にほどくと、甘さと苦さがまじった独特のにおいが広がった。習慣的に喫煙しているのは、この家ではアマンドだけだ。

「まだねないよ」

身体を起こして、そばにあったクッションを抱きしめる。

「そう。ならいいわ……吸っても?」

わたしは頷く。彼女は銀紙のところを軽くたたいて、煙草を一本出す。シンプルなジッポーの蓋が開くと、かすれた音がした。
その様子をながめていると、アマンドが煙草のパッケージをさしだす。白いボックスにうかぶ、太陽みたいに真っ赤な丸。イッツトーステッド。チップペーパーには、明るいトーンのコルクがプリントされている。

「アマンドはロマンチックだね」

天国にいちばん近い。そう揶揄されれば、自分のような人間でさえ行けるような気がしてしまう。笑いながら、受け取ってくわえると、アマンドが火をつけてくれた。ジッポーの火は不思議だ。ガスバーナーみたいにまっすぐで、そのくせ、先っぽのほうだけがちろちろと揺れている。

「わたしは女だもの。誇大妄想気味なくらいがちょうどいいわ」

ロマンという言葉を、こんな無愛想なふうにいい換えるのは、きっとアマンドだけだ。ちがいない、と相づちをうつ。それから、なにをするでもなく、ふたりしてぼうっと煙草を吸う。

「……ねえ、さえこ」

一本目がほとんどなくなって、二本目に手を出そうか悩んでいた。すでにアマンドは、灰皿でぐりぐりと火を消している。

「なあに?」

一本だけにとどめよう、と決める。なつかしさを感じる味ではあったが、ずっと味わっていたいものでもなかった。今では、煙草の苦みより、おかしの甘さのほうが好きだ。

「今日は、あなたの昔の話がききたい」
「どれくらい前のこと?」
「そうね……ママと出会ったくらいのこと」

リンリンと知りあいに、もっと正確にいうなら、彼女のもとで働くようになったのは、どれくらい前だったか。はじめて会ったときのアマンドは、まだ二十歳にも満たなかった気がする。そう考えると、秘密が、だれにも暴かれることなく眠りつづけるには、もう十分な時間が経っていた。
わたしは彼らに、自分のことをほとんど教えていない。リンリンは他人のことを多く語らないので、わたしについて子どもたちに話したことは少ないはずだ。おそらく、わたしのことをリンリンから直接聞いたのは、ペロスペローだけだろう。
腕のなかにあるクッションをかかえなおす。なるべくうつくしく、そしてアマンドが悲しまないように細心の注意をはらいながら、わたしはある雨の日から始まったできごとについて話すことにした。



十九歳になる年、わたしは帰る家をうしなった。それは理不尽な出来事だったが、今考えると、世の中の道理には合っていたのだと思う。

「どうして家がなくなったの」

たぶん、アマンドには想像もつかない理由で。持ち物はすべてなくしてしまっていたから、手ぶらのまま、わたしは途方に暮れながら道を歩いていた。行くあてもないのに、なぜそうしたのかは分からない。
すると雨が降りだして、はじめて春の雨が冷たいことを知った。風邪をひいてしまいそうで、近くにあった軒先に避難して、わたしはそれをやり過ごすことにした。
そのときだった。リンリンが現れたのは。今より若かった彼女のうつくしさに圧倒されて、視線が縫いつけられたように、そこから動けなかった。その軒先というのが、この家の門のところで、リンリンはわたしを見て、侮蔑や嘲笑ではなく純粋におもしろがって、高らかに笑った。
猫にしてはずいぶん大きい、と言われて、わたしはにゃあと鳴いてみせた。するとリンリンは何かを気に入ったようで、首輪をやるよ、と言ってくれた。それは彼女の変わり者好きが幸いした結果で、そのときのわたしは、知らず知らずのうちに人生で最良の選択をしていた。

「首輪って?」

ネックレス。とてもシンプルなものだったけど、見ず知らずの小娘に与えていいようなものじゃないのは、あとから知った。どういう意図かはわからないけど、たぶん、リンリンの好みに合わなかったからだと思う。

「それからは、どうしたの?」

小間使いのひとりに加えてもらって、ひととおりの仕事をおぼえるのに三年。その間はとにかく必死で、いろんなことをした。そのときのひとつに子守りがあって、あなたたちからの評判がよかったから、今のような状態になった。それからあとは、知っているとおり。