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01




あのうつくしい鳥をもういちど見たい。ほんとうに、ただそれだけだった。



高いヒールにもたつきながら、点滴のパックと新しい針、管をもっていく。ゆらゆら揺れる地面も、着たことのないような服にも、いまだに慣れない。
あわてると失敗するのは知っていたから、せかされてもできるだけ冷静でいるようにしていた。それでも言われてからずいぶん時間がたっているのはわかっていたので、あせって、走っているような早足なような、こけない程度のはやさで歩く。
やっとお目当てのドアにたどりついて、肩で息をしながらドアノブをひねった。

「グラララ、おめえ新人だな。」

思いのほか派手な音をたててしまったようで、目をつむっていた白ヒゲさまがわたしのほうを見た。うっすらと汗をかいて、髪の乱れたようすがおかしかったらしい。

「はい。さえこです。」
「そうかそうか。おれに針を刺しまちがえねえように、よおく教えてもらえ。」

そう言って、また目を閉じてしまった。ほかのナースたちがくすくすと笑う。いたたまれなくて、点滴の針を刺しかえる係のところへ行って、見ていていいですか、と小声で頼んだ。

「いいわよ。」

流れるような手つきで針を抜き、アルコールを染み込ませたコットンで拭いてから、また刺した。それから管がつまっていないかを確認して、固定するためのガーゼを上から貼る。

「はい、おしまい。あとは回数をこなさないとね。」
「……ありがとうございます。」

朝の作業がひととおりおわって、一番偉いナースが白ヒゲさまに報告している。わたしは片付けをしながら、どれがどういう名前なのか覚えるための確認をする。運び出そうと箱をかかえてよたよたしていると、椅子に身体をあずけてゆったりとしている白ヒゲさまと目があった。

「練習しとけよ、さえこ。グラララ。」
「がんばります。」

気に入られたわね、と肘でつつかれて、あいまいに笑う。偉いひとの気まぐれだから、きっと明日にはわたしのことを忘れているのだろうけど、がんばれと言われたようでうれしかった。



朝の作業がおわると、ナースは昼まですることがない。いくら広くとも、船の上に娯楽はあまりないから、みんなでむだな話をしながら朝ごはんをつつく。相づちをうちながら食べていると、気になる男がいるかという話になっていた。白ヒゲさまのポリシーで、船にいる女はわたしたちナースだけで、あとは男ばかりだ。
つぎつぎに隊長の名前ばかりがあがってくるなかで、ちらほらと下の方にいるひとの名前を口にするひともいる。あらあのひとはだめよ、とか、こっちのほうがいいんじゃない、とか、好き勝手にしゃべる。そのうち朝食を食べおわると、自然と解散するながれになって、わたしは内心ほっとしていた。
トレーをカウンターに置くと、厨房から人が出てきた。さっきの話でなんどか出てきた、四番隊の隊長さんだ。

「さえこちゃんは誰か気になるやついないの?」
「きいてたんですか。」
「まあね。」

すこし考えて、いません、とこたえる。

「本当に?」

疑う声に、どきりとする。気になるというなら、ほんとうはいる。でもそれは、人間ではない。

「……じつは、鳥が。きれいなあおい鳥が気になります。」
「そりゃあまた、難儀なやつを選んだね。」

きっとこれは、彼のことを名指しするのを避けているととられている。ほかの子で、恥ずかしがりやになると、こんなふうに言ったりするからだ。

「違うんです、そのままの意味です。……人のときのほうはあんまりで、素敵な方だとは思うんですけど。」

サッチさんはしんと静かになる。へんな趣味の女だと、気持ちわるがられてしまったのかもしれない。おそるおそる窺うと、サッチさんは目をまるくしていた。そんなに驚くことだろうか、と、今さら顔から火がでそうなくらいに恥ずかしくなる。

「めずらしいね。動物系が変身したあとの姿は、嫌いなやつが多いのに。」

あんなにきれいなものを、嫌いになれる人間などいるのだろうか。大きくたくましい翼をはためかせ、金色の長い尾をゆらしながら流れ星のように一直線に飛んでゆく姿。海と朝焼けの空のあわいに彼の炎がゆらめくさまは、いまもわたしの瞼の裏に焼きついて離れない。

「見せてもらえるように、頼んであげようか?」

いらないです、と言いかけて、でもどうしてもみたいという思いもあった。どちらにも決めかねて、口を開いては閉じることをくり返す。
突然サッチさんが、わたしのうしろにむかって声をかけた。

「なんだ、こんな時間にくるのはめずらしいな。」
「好きでおそくなったわけじゃねえよい。」

カウンターに肘をついて、コーヒーを注文する。サッチさんはわたしをちらりとみたあと、用意をするために奥へとひっこんでしまった。
わたしは途方にくれる。マルコさんはまわりに気さくに話しかけるようなタイプではない。仲間ならまだしも、わたしたちナースには特にそうで、必要なときに必要なだけの言葉をかわす。そうやってはっきりと線引きをされていることはわかるが、実際には、どこまでが彼にとってゆるせる範囲なのか想像がつかなくて、わたしは彼のことを苦手に感じていた。
どうしていいかわからないことが伝わったのか、マルコさんが口を開く。

「あんた、新人のナースだろ。仕事にはなれたかよい。」
「まだ、あんまりです。」

眠たげに垂れた目の下には、うっすらとくまができていた。どれくらい遅くまで仕事をしていたのだろう。おもわず、時間ができたらちゃんと寝てくださいね、と言ってしまった。マルコさんは目をぱちくりさせて、それからふっと笑った。

「ああ、そうするよい。」

まもなくサッチさんが戻ってきた。コーヒーを渡したあと、わたしとマルコさんを交互にみてから、いい雰囲気じゃねえか、と言う。

「……どこがだよい。」

あからさまに冷めた視線をむけた。サッチさんがおどけた反応みせるから、たぶんこれは冗談なのだとおもう。
サッチさんの質問にまだこたえていなくて、つづきを話したいけれど、マルコさんがいてはそれもできない。それに、どちらがいいかも決められずにいる。わたしはあの鳥に会えるならと船に乗った。それなら、みたいと言ってしまえばそこでおわれるのに。

「さえこちゃんが、不死鳥のおまえを見てえんだとさ。」

不意にサッチさんが切りだした。わたしがふれてはいけない部分だったのか、刃物にさらされているようなひややかさが生まれる。試すような視線が、わたしを射抜いた。

「ほんとうかい。」
「……はい。」

サッチさんはなにも言わず、じっとようすを観察している。

「明日の夜の十時。見たいなら、くればいいよい。」

どくどくと心臓が脈うつ。またあの鳥に会えるよろこびが、すさまじい勢いで押しよせてくる。それと同時に、後悔に似たおもいがわたしのなかでうまれるのを感じた。