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「洗濯物干してくるね」

わたしがそう言うと、クザンは唸るともつかない返事をした。お気に入りのアイマスクをずり上げてごろんと横になったまま、ふわあ、とあくびをする。ずいぶんと気安いしぐさだ。
わたしは洗濯かごを抱えなおし、踏み外さないように気を付けながら階段をあがる。いち段、に段、さん段。さまざまな建物がひしめき合うマリンフォードは縦に長い家が多い。足腰が弱ってきたら引っ越さなきゃなあ、と思ったあとで、そうなるくらいまで住んでることはないだろうなとも思う。今の家は官舎で、クザンが海軍をやめたら出ていかなければいけないから。
クザンはいつまで海軍を続けるかを言わないけれど、きっとそう長くはないだろうと思う。付き合いはじめたころと比べるとクザンはずいぶん変わり、そしてそれが、彼が望んでのことではないことを知っている。クザンは、むりやり歪められた自分のかたちをそのままよしとするひとではない。ここに彼を慕うひとは多いけれど、彼を留めおけるかというと、それはたぶんちがう。
わたしは服の皺をのばしてハンガーにかけ、両肩にちょんと洗濯ばさみをつける。そしてそれをまた繰り返す。
クザンが出ていくとき、きっとわたしも置いていかれるのだろうとぼんやり考える。クザンがどう思いどう行動したすえなのか理解しつつも、わたしはそのとき泣いてしまうと思う。ずっと一緒にいたのにどうして、と。無垢な子どものように。
ひとくちでは片付けられないほど長いあいだ、わたしはクザンといる。お互いのかたちがしっくりと馴染んでしまうくらいずっと。クザンと結婚はしていないけれど、わたしのことを彼の妻だと思っているひとは多い。クザンもわたしもそれを否定しないから余計に。いつも野菜を買う八百屋の奥さんは、クザンと連れだっていくたびに、立派なご主人ねえとわたしにむかって言う。
否定をするでも肯定するでもないこの関係がわたしはすきだった。ぬるま湯につかりながらうたた寝するような感覚。そして、切りわけそこねたホールケーキのような。わたしはいつもとても贅沢なものを味わっているような気になる。
さえこ、とクザンの呼ぶ声が一階からきこえる。ほうっておいても大丈夫なふりをするくせに、いちばん離れがたそうにする天邪鬼なおとこ。
やれやれと肩をすくめつつもすこしうれしくなって、最後のいち枚を急いで物干し竿にかけた。スカーフがはたはたと風にゆれる。洗濯ばさみを、と探そうとすると、横からにゅっと大きな手が出てきて洗濯ばさみをつける。

「遅いじゃないの」

クザンはわたしを守るために、わたしを置いてゆくのだろう。わたしの意志もその後も関係なく、自分の自己満足から。今も昔も、クザンの正義は時として残酷だということを彼自身はしらない。
なあに、と怪訝そうにするクザンに、わたしはゆっくりと首をよこにふる。

「なんでもない」

ここを出ていくことについて、そして彼のしようとしていることが何をもらたすかについて話すとき、わたしはどういう顔をするのだろうか。クザンはどんな顔をして聞くのだろうか。妄想ともつかない想像がいくつも泡のように浮かんでは消えていく。
いつか直面すること。それは遠くと近くの、そのあわいに佇んでこちらを見ている。

「クザンが好きだなあって、考えてた」

クザンへの愛だけで生きてゆけると思えるほど、わたしは少女ではない。けれどあり得ないと知りつつも、それに突き動かされるときはいつかくるのだと思う。
きっと転ぶとわかっていても、裸足でかけだそう。そして何のてらいもなく、愛しているとクザンに言おう。それだけは変わらないことだから。



お題、クザンさんで熟年夫婦。
過日実施したリクエスト企画でした。