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溺愛  (名)むやみにかわいがること。盲愛。ーーデジタル大辞泉



悟から通帳とキャッシュカード、それから印鑑を渡された。通帳とキャッシュカードはそれぞれ二つずつ。なじみのある銀行と、もうひとつは聞いたこともない銀行のものだった。

「中、見てみてよ」

悟が嬉しそうに言うので、わたしは言われるがまま通帳を開く。ぱらぱらとページをめくり、最新の日付を探しあてる。

「数字がたくさんあるね」
「うん、頑張ったから」

もうひとつもと促されるので、わたしは同じように通帳をめくった。さっきよりもかろうじて数字が少ないことが救いだったが、わたしが持っている通帳と比べると相変わらずうんと数字は多い。
特級ってすごいんだなあ、とそんなことを思った。実力だけならば呪術界の頂点ともいわれる男との差なら知っていたはずだが、まさか数字での差も思いしらされるなんて。
一介の呪術師であるわたしでさえ一般的なサラリーマンのはるか上の収入なのだ。悟とわたしの命につけられた値段の違いなんて、考えてみればすぐに分かることなのに。

「でね、これ、さえこにあげようと思って」
「どうして?」
「さえこ喜ぶじゃん」
「……喜んだことあったっけ」

ーーお年玉、喜んでたでしょ。
悟が朗らかに笑った。あのときか、とわたしは思い出す。



だいぶ以前に、わたしは悟からお年玉を貰ったことがあった。悟が高専に入りたてくらいの年の瀬に親戚が集まったとき。悟はすでに五条の家の当主で、上座にすわり演説をしなければならないのだと嫌そうにこぼしていた。わたしは縁側で脚をぷらぷらさせながら、ふうん、と相槌をうつ。わたしはそのとき、母親に着せられた着物が動きにくいうえに柄も好きではなく、そのせいで不機嫌だった。聞いてるの、と悟がぶすくれる。

「聞いてる。ちゃんと相槌うってるでしょ」
「そういう問題?」

悟がため息をつくので、わたしはうっとおしくなって無視をする。
このあとのことを考えると、悟だけでなくわたしも憂鬱だった。偉いひとの話を聞いて行儀よく会食をし、くだらない世間話を聞かされながら見合いのような顔合わせが何度もある。家の体裁とつよい子ども。それだけのための時間だ。
五条の家は、悟が産まれたことで頂点へと返り咲いた。そして頂点であったわたしの家は次点へとさがった。近い時期に産まれた平凡なわたしを両親は嘆いてばかりいて、早く次の、悟を超えるような才能の子どもを欲しがっている。

「さえこ、これあげる」

かわいい招き猫のポチ袋だった。中身がたくさん入っているみたいで、底のまちが皺ひとつなく伸びている。

「お年玉。まだ貰ってないでしょ?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」

悟はさっきまでが嘘のように、うれしそうに笑った。中身みていい、と聞くと悟は頷く。
お札がぎゅうぎゅうに畳まれて入っていた。きっとしわしわであろう大量のお札を取り出す気にはなれず、うわあ、とすこし引きながら、わたしはポチ袋をひっくり返す。

ーーさえこへ。これで好きなものを買ってください。悟より。

悟のきれいな字がちょこんと並んでいて、わたしは思わずはにかんだ。袋を前にして、何を書こうか考える悟の姿を想像する。

「なんだよ」
「べつに。大切に使うね」

わたしが笑うと、ふん、と悟がまたぶすくれた。



わたしは通帳をぱたんと閉じる。あのときわたしが嬉しかったのは、悟が手で書いてくれた文章であってお金ではなかった。おばかな悟、と思う。

「悟、ごめん、これいらない」

悟が目隠しごしに困惑したのがわかった。むすっとして口をへの字にしている。なんで、と聞きたそうな顔で、いっこうにわたしが差し出した通帳を受け取ろうとしない。

「あのね、悟」

悟は変なところばかり鋭いおとこで、自分のうちに入れた人間には疎くて感情をしめす方向がすこしずれていた。どこから説明しようか、と悩む。おばかな悟がこれ以上へそを曲げてしまわないように。

ーー悟、あなたのそういうところがとてもかわいくて、すき。

いとおしさがあふれた。不器用な悟のやさしさ。わたしはそれを愛してやまず、悟のためにならないと知りながら、困りつつもそれにつき合ってしまう。



お題、五条さんで溺愛。
過日実施したリクエスト企画でした。