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「おい、カラスは食えねえぞ。」

むっつりとした声がはるか頭上からふりそそいで、さえこはびくりと肩を震わせた。しっかりとつかまえていた手が思わず離れて、捕らえられていたカラスがけたたましく鳴きながら羽ばたいて逃げていく。

「鳥はお菓子じゃないの?」
「生き物はお菓子でできてるわけねえだろうが。」
「……へんなところで常識的。」

スカートについた汚れを払って立ちあがる。飛んでいった方角をながめながら、黒いからビターチョコレートかと思ったのに、と不満げにさえこがつぶやくと、カタクリのまゆ毛が怪訝そうにひそめられる。

「そんなに食いてえのか。」
「そういうわけじゃなくて、どこまでがお菓子なのか知りたかっただけ。」

カラスはあっという間にどこかにきえてしまって、もう影もかたちも見えない。人の手でむりやり与えられた命でないのなら、悪いことをしてしまったなと反省して、さえこは心の中でカラスに謝る。

「お菓子なのは建物とホーミーズの一部だけだ。」
「そうなんだ。はじめて知った。」
「俺いがいの兄弟にきかなかったのか?」
「きいたけど、無視された。みんな、わたしに興味ないし、カタクリさんみたいに親切でもないよ。」

のびをしてさえこが歩きだした。こんどはあっちに行ってみよ、と森の奥へ進んでいく。そんなことはないと否定しかけて、カタクリはやめた。ほんとうのところ、兄弟のうちでさえこの存在に興味をおぼえているものはあまりいない。
さえこはビッグマムにコレクションされているうちのひとりで、ある日とつぜんマムの膝の上にあらわれた。彼女は悪魔の実の能力もなければ覇気も使えなくて、とりわけ秀でたものは持っていないふつうの人間だったが、ひとつだけ変わっているところがあった。さえこは異世界に住んでいたのだという。彼女は子どもでも知っているようなことは何ひとつ分からないのに、ちがう場所にすんでいた証拠として、耳を疑うようなことをいくつも話してみせた。マムはそれをたいそう気に入って、コレクションでありながら万国をみてまわることを許した。それで、さえこが外に出るにあたって、兄弟のうちのだれかが彼女につくきまりになった。

「カタクリさん、わたしカボチャのお菓子たべたい。」
「急にいわれてもない。」
「えー……万国にはなんでもあるんじゃないの……。」
「なんでもはねえ。」

さえこはくちびるをとがらせて落ちていた枝をふりまわす。彼女は二十歳をすぎてすこしたっているが、カタクリのいちばん下の妹のほうがまだ大人びたふるまいをする。

「そんなにカボチャが好きなのか。」
「べつにふつう。どちらかというとサツマイモのほうが好き。」

その反応にいらだちに似たなにかをおぼえ、それからさえこを驚かせてやろうとも思って、カタクリはめずらしくホーミーズではない枝を奪いとる。ぐっと握りこんで、やわらかさを帯びたかわいらしい鳥の餅にかえた。さえこは目をまるくして、穴があくほど凝視している。ふん、とカタクリが鼻をならした。

「これ、枝だったよね!?どういうこと!」
「俺の能力だ。餅だから食えるぞ。」
「……それは、あんまりたべたくないなあ。」
「毒なんて入れてねえ。」
「そういうことじゃないし。」

かわいいからだよ、とあきれたように言うさえこに、今度はカタクリがおどろいた。

「でもくさっちゃうから、ちょうだい。」
「すこし加工すれば、くさったりしなくなる。」
「すぐできる?」
「簡単だ。」

ころがっていた小石とまぜて再び成形して、それから覇気をこめる。餅とくゆうのやわらかさはなくなるが見た目はそのままだ。
さえこは確認するように指先で鳥をつついたり撫でたりしている。

「どうみてもお餅なのに、さわったら陶器のおきものみたい。」
「ちょっとやそっとじゃ壊れないぞ。」

ためしに地面におとしてみせる。かわいた音をたててころがったが、表面には傷ひとつつかない。
さえこが感心したような声をあげた。手に持たせてやると、すごい、となんどもつぶやきながら、いろんな角度からみつめる。

「気に入ったなら、やろう。」
「ありがとう!うれしい。」

さえこは笑顔になって、鳥のおきものを大切そうにポケットにしまい込んだ。カタクリは、ほんとうに子どものようなやつだと思う。
あらかじめ話をきいていて、カタクリは彼女がどんな人物なのかをおおよそ把握していた。さえこは世間しらずだが、じぶんを捕らえた海賊があいてでも、分けへだてない。奔放なふるまいをするくせに、人間はおろかホーミーズに対してでも気をつかっていることを彼はしっていた。
かぼそい悲鳴がきこえて、そのすぐあとに水に落ちる音がした。なにかに襲われたのかと、カタクリは焦ってさえこの姿をさがす。

「か、カタクリさん……!」

池でもがいている彼女をみつけて、とっさに助けようと手をのばしかけたが、すんでのところでおしとどまった。

「……おい、そこは浅いぞ。」
「えっ、うそ!」

足をすべらせてパニックになっているだけで、さえこがいる場所は深さなんてほとんどない。立ちあがって、ほんとだぁ、と間の抜けた声をあげる。服どころか髪までびしょびしょで、カタクリは内心あきれかえった。

「よく、ばかだといわれないか?」
「そちらこそ、よくデリカシーがないっていわれるでしょ。」

ざぶざぶと池からあがると切り株にこしかけて、靴をぬぎ、服の裾をしぼる。そして鳥のおきものをなくしていないかを確認して、ほっと一息をつく。

「あってよかった。」
「無くなっても、また作ってやる。」
「カタクリさんはやさしいね。」

さえこが長い髪を一方によせて、より合わせるようにしながらひねった。すこし水分をうしない、うねりを帯びてはらはらと広がる。

「モテるでしょ。」

にひ、とへんな笑いをしながら見あげる。彼女の顔が、立っているときよりも下になってしまったことがなんだか寂しくかんじて、カタクリは腰をおろした。

「しらん。」
「そっかあ。残念、カタクリさんのことききたかった。」

あまり悔しがるようなふうでもなく言って、さえこは足をぱたぱたさせる。
たしかに女は寄ってきたが、それはカタクリの持つものにであって、彼自身にではなかった。真実をうちあけると、みんな恐れてにげた。カタクリはマフラーがずれないように持ちあげる。

「あーあ、いつになったら帰れるんだろ。」
「意外だな。万国をたのしんでいるようだが。」
「そりゃあたのしいよ。見たことないものがいっぱいだし。」

ぷっつりとなにかが切れた音がした。さえこはおし黙ってしまう。彼女の瞳は、はるか遠くを見つめている。

「でも、ここにわたしの居場所はないから。」

逃げたはずのカラスの声がきこえた。カタクリの身体がこわばる。あの空虚なまなざしには嫌というほど見覚えがあった。幾たびもむけられてきた、生きることをあきらめた人間のもの。彼らはじっと、自分の身に剣がふるわれるのを待っている。はやく彼女に、なにか言葉をかけないといけないような気がした。

「……泣かないのか。」
「もういっぱい泣いた。ここは夢のような国だけど、わたしにはそうじゃなかったみたい。」

さえこがかなしそうに笑った。薄いガラスみたいで、ふれれば壊れてしまいそうだった。

「泣くな。」
「泣けっていったり、泣くなっていったり、どっち。」

たまらなくなってぷっと吹き出しすと、さっきまでが嘘のように陰をまとった雰囲気がきえた。カタクリがそれにほっとする様子を、さえこはちらりと横目でみる。
なかば囚われのような身ですごすなかで、彼がそう気安い立場にいるわけではないことをさえこは分かっていた。それなのに律儀に相手をし、あまつさえ彼女の気持ちをおもんばかろうとする。

「ねえ、持ちあげてよ。」
「……なぜだ。」
「カタクリさんの世界がみたい。」

そう言えば、カタクリはしぶしぶ立ちあがり、さえこを自分の視界と同じくらいの高さまでかかえる。
さえこが息をのんだ。地面は遥か真下で、かわりに空がずっと近くにある。目の前をさえぎるものはほとんどない。見渡そうと思えば、どこまでもできそうだった。

「カタクリさんの見てる世界はひろいね。」
「そうか。」
「うん。ひろくて、やさしい。」

そよ風がふいて、木の葉がさわさわと囁いた。さえこが目をつむって、カタクリに身体をあずける。
しばし考えるようなそぶりのあと、カタクリがおもむろに口を開く。

「……俺は、ドーナツが好きなんだ。」
「ドーナツはおいしいね。」
「それで、ここのパティシエの腕は世界一だ。」

さえこはうなずいた。

「カボチャでも、サツマイモでも、おまえが好きな味のドーナツを準備させるから、こんど一緒にたべよう。」

おまえがよければだが、とちいさくつけ加えられた言葉に、さえこがふふ、と笑った。