ーーバレンタインのチョコレートです、よかったら食べてください。
とても簡単な一言だが、わたしの好きなひとは、この一言が世界で一番言いにくい相手だと思う。
「どうしようかな、これ」
それでも律儀に用意してしまったチョコレートを手の中で弄ぶ。なぜ宿儺なのだ、と聞かれれば、わからない、と答えるしかない。成り行きで助けられて、だから好きになった。ほんとうのところはそうだったが、言葉にするとすこし違うような気がした。
「女、そうしかめっ面をしていても物事は進まんぞ」
意地悪そうににんまりとした顔が視界に飛び込んできた。わたしは文字通り、飛び上がるようにして驚く。そのようすをみて彼は声をあげて笑った。
「それを、俺に渡したいのだろう?」
「どうして、それを」
「あんなに熱烈な視線に、気付かないほうがおかしい」
宿儺は頬杖をついてわたしをみつめた。恥ずかしさで頬が赤くなってゆくのが分かる。
「どうした?渡さないのか」
わたしは俯き加減で、受け取ってください、と小声でチョコレートを差し出す。そして、簡単だと侮っていた一言がこんなに難しかったなんて、と思う。
「ああ、受け取ってやろう」
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