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モンドール、とよぶと、彼はとても面倒くさそうに、語尾を空気ですり切らせたみたいな返事をする。わたしが空いているほうの腕を抱いて、ぺたりとくっつくと、うっとおしい、と言ってふりほどかれる。

「もう、素直じゃないんだから」
「おれはいつだって素直だ」
「うそだぁ」

性懲りもなくふたたびくっつくと、今度はふりはらわれず、かわりにため息がきこえた。

「もの好きが」
「そう?モンドールはすてきよ。とってもかっこいいし、かしこいし」
「おれがかっこいいなんて言うのはおまえだけだ。目ん玉腐ってんじゃねえのか?」
「モンドールがすてきすぎて腐っちゃったのかも」
「言ってろ」

はきすてるように呟いたあと、わたしを左腕にくっつけたまま、モンドールは本を開いた。座っている彼の、腿のほとんどを覆ってしまうくらい大きなもので、そのページの描きかけの絵に手をくわえーーモンドールは絵心があって、とても上手なのだーーつつ、横に注釈や新たな絵をかき足してゆく。
自分がよく知る人物だからといって、安易に機密をさらすほどモンドールは馬鹿ではない。わたしが見ても大丈夫なもので、それでいて、わざわざかき留めなければならないもの。それはいったいなんだろう、と考える。

「……新作のおかし?」
「そうだ」

モンドールの声に、すこしうれしさが滲んだ。おかしを作るのは彼の仕事のひとつで、それはもうほとんど趣味でもあった。どんなものでもだいたいは作れるが、とくにチーズを使ったものが得意ーーチーズ大臣の名前は伊達ではないーーであるらしい。新しいチーズタルトのレシピなのだ、と教えてくれる。

「このあいだ作っていたものじゃだめなの?」
「不味くはねえが、いまいちしっくりこなかったんだよ」
「そっか、がんばってね」

わたしはあえて深く追求せず、モンドールの肩にもたれて、ふらふらと動く羽根ペンを目で追う。ゆらゆら、ひらひら。白くてきれいな羽が、まるでダンスを踊っているかのようだ。
モンドールは意外と職人気質で、とりわけおかしのレシピは、自分の納得がゆくまで練りなおす。試作のチーズタルトを食べさせてくれたのはもう二週間も前で、それからずっと悩んでいるようだった。
真剣にペンを走らせているモンドールの、その横顔をぬすみ見て、やっぱりすきだなあと思う。ピエロのような化粧をして、言葉づかいも荒いが、根は真面目なのだ。環境が違えば、まず海賊などやってはいないだろう。わたしは、ふつうの町で、ふつうの暮らしをしているモンドールを想像する。彼といえば本だから、町の本屋さんが似合うかもしれない。毎日規則正しくお店を開き、暇ができたら趣味のおかし作りに精をだす。平和で、とてもすてきな生き方だ。
そうしてふつうのモンドールを思い描く一方で、ふと、わたしはむなしさを感じた。かりにそれが現実だとすれば、わたしが一目惚れをした彼はどこにもいないのだ。

「……そんなツラしてどうしたんだよ」

心配そうにたずねる彼に、なんでもない、と首を横にふり、はじめて会ったときのことを思いかえす。もうずっと昔のできごとだったが、わたしははっきりと覚えていた。

「モンドールのこと考えてたの」

彼とぐうぜん目が合って、視界がまっくらになった。つぎの瞬間には、まぶしいぐらいに光って、絵の具のパレットを全部ぶちまけたような極彩色が襲ってきた。頭がくらくらとして、しばらくの間は動けなかった。わたしはその体験が忘れられず、彼を見かけるたびに心の中で、わたしの花火さん、と呼んでいた。
すこし恥ずかしそうで、それでいて安心したようにわたしを見たあと、モンドールは本を閉じた。とても大きなものだったが、音もなく消えてしまう。これは彼の能力によるものだった。

「わたし、モンドールのことがだいすきだよ」
「……突然どうした」
「言えるときに言っとかないと、と思ったの」

わたしたちは海賊だから、と続けると、モンドールはすこしかなしそうな顔をした。現実を突きつけるような言葉をきくと、彼はいつもこうなる。海賊の母親のもとにうまれて、それから三十をいくつも過ぎるくらい長く生きているから、人の生き死になんて嫌というほど実感してしまうのだろう。

「モンドールは、わたしのことすき?」
「……さえこのことは、嫌いじゃねえよ」

ぶっきらぼうで、それでいて悲痛そうな声だった。相変わらず、語尾は空気ですり切ったみたいにかすれている。
わたしは抱きしめたままだった彼の腕を離す。

「ねえ、キスしてもいい?」

返事をきく前に、モンドールの輪郭を指でなぞる。年をとって、骨ばった頬。濃い化粧をしているからすこし粉っぽくて、乾燥ぎみだ。
彼はなにも言わず、わたしの首すじをそろりと撫でる。手がそのまま背中をすべりおりて、ゆるく腰をだいた。
わたしは目を閉じて、高い鼻にぶつからないように気をつけながら、唇を近づける。
モンドール、すきよ。わたしの花火さん。