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02




カタクリは、たった十代の、彼の半分も生きていないような少年に負けた。そのしらせを聞いて、さえこは愕然としつつも、いつかくることが訪れただけなのだ、と慌てることはなかった。無敗であり続ける人間など、どこにもいない。
事態が収束してから三日後、見える範囲に痛々しいほどの包帯を巻いて、そして口もとを隠すことなく、カタクリがさえこをたずねた。口はいいの、ときけば、黙ってうなずく。さえこは視界のはしで、カタクリがぎゅっと拳を握ったのをとらえた。なにも大丈夫ではない。何十年も続けてきたことを、きゅうに、たった何日かで変えることはできない。
扉を開けてうながせば、カタクリは大きな背をすこしまるめて、おとなしく中に入った。いつもならさっさと椅子に座るのに、カタクリはどこかぼうっとしていて、さえこのうしろをついてこようとする。普通よりは天井が高く作られているものの、この家は彼が動きまわるには手狭だ。

「紅茶を準備するから、すこし待っていてください」
「ああ」

きちんと返事をしたので、すこし安心して、さえこはキッチンでお湯を沸かす。ぼうぼうと燃えるコンロの火と、やかんのつるりとした部分を、さえこはおぼろげにながめる。
カタクリがこうなるのは三度目だった。一度目は、彼の妹が傷つけられたあとの、あの約束のとき。そして二度目は、さえこが傷を負ったとき。カタクリは、まわりの人間が離れていってしまうことをとてもこわがる。だから、自分がああしていれば、こうしていれば、と、彼に責任はないというのに、延々と考える。妹の顔に傷を負わせたのは町のいじめっ子たちで、さえこが死にかけたのは敵の大砲のせいだ。カタクリが恨みを買わなくても、ブリュレはいつか傷つけられていたかもしれないし、砲弾にいたっては、彼のおこないがいいからといって、軌道を変えてくれるものではない。
突然、ぬっとカタクリが姿をあらわした。さえこはびっくりして、火にかけたやかんを倒す。

「あつっ……」
「さえこ!」

おぼつかない面ざしが途端に変わり、カタクリはすばやい動きで彼女を引きよせる。蛇口をひねり、勢いよく水をだすと、彼女の手をさらす。

「すまない、おれが…すまない」

悲痛な表情をうかべて、カタクリはなんどもなんども謝る。
どばどばと浴びせられた冷水で、さえこの手の感覚が鈍くなる。ひきぬこうとしても、カタクリにがっちりと掴まれてしまっているためにできない。

「カタクリ、大丈夫だよ。わたしは大丈夫だから、はなして」

カタクリは、すがるようなまなざしをむける。その瞳のなかに、さえこはあの日の夕焼けを見つけた。ひとりぼっちの広場の隅で、泣きだしそうなおおきな子ども。三十年ちかくが経った今も、カタクリは抜け出せずにいる。
だんだんと込められた力が弱まる。さえこは、ようやく自由になった手で蛇口をしめて、タオルで水気をぬぐう。

「相手の子は、強かったですか?」
「ああ」
「でも、いい人だったんでしょう」
「……そうだ。仲間のために、どれだけ殴られても立ち上がる」

カタクリが床に座りこんで、さえこを抱きしめる。

「おれとは全然違った。おれは、どうしようもないやつだ」

そうかもしれませんね、とさえこが頷いた。カタクリはすこし傷ついたような顔をする。さえこは、なだめるようにカタクリの髪をすいて、口づけをおとす。

「どうしようもなく優しい、立派な方です」

彼は、ずっと誰かのために生きてきた。はじまりはたしかに臆病ゆえだが、強くあろうと必死に努力していたことを、さえこは知っている。
涙以外のものもいっしょにこらえたような目が、そっと伏せられる。彼のすき通った鼻梁が寄せられて、すり、と布ごしにひび割れを撫でる。
ありがとう、とカタクリが静かにつぶやいた。



end