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「#幼馴染」のBL小説を読む
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01




紙袋をいくつも持って、立派な門構えのまえに立ちつくす。いつみてもこの家はおおきくて、圧倒されてしまう。空いている手でなんとかインターフォンを押して、さえこです、と言う。親しくしている人たちが住んでいる勝手知ったる家だけど、この瞬間だけは、自分が異質なのだということを思いしらされる。門が開けられるまでのあいだ、わたしはこの家にとってあかの他人なのだ。
屋敷までをよたよたと歩く。めずらしいもの好きの家主の趣味で、あいかわらず統一感のない庭が広がっている。石庭があるむかいに噴水を置くのはやめたほうがいい、と言っても、家主は決して耳を傾けず、むしろ不機嫌になってわたしを無視するのだ。
玄関のドアに体重をかけて開けると、だだっぴろいホールになっていて、姿かたちがさまざまな子どもたちがいっせいに、おかえり、と迎えてくれる。純粋にわたしが好きだからきてくれる子や、持ってきたお菓子が目当ての子もいて、どんなに小さくてもりっぱにひとりの人間なんだなあということを思い知る。子どもたちの波にのまれかけながら、できるだけひとりひとりに、ただいま、とつげる。わたしはこの家の住人ではなかったが、週に何度も頻繁に訪れるので、なかばそういった扱いをうけていた。

「おかえりさえこ、私も手伝おう」
「ありがとう。ただいま」

いちばん年上のペロスペローが手を貸してくれるのにあまえて、肩にかけた紙袋のうちのふたつをわたした。赤い紐の白い袋はクッキーで、深緑の袋がチョコレートケーキ。そう教えると、ちいさな子の何人かをつれて、ペロスペローはキッチンに行った。彼は長男だけあって、さりげなく気を利かせるのがうまい。
子どもたちは成長してくると、恥ずかしいのか、出迎えの輪からは離れてしまう。だがそれでも、きちんと玄関にはきてくれる。ちょいちょいと手招きをして、壁にもたれていたオーブンとダイフクをよぶ。オーブンはわかりやすくにこやかで、ダイフクはすこしふてぶてしい態度をしつつもまんざらではないようだった。

「よく帰ったな、さえこ」
「ああ、よく帰った」
「ふたりともただいま」

オーブンには黄色い袋を、ダイフクには黄緑色の袋をわたす。マドレーヌとお饅頭だからみんなでわけてね、と言うと、うなずいて、リビングへとむかう。そのうしろをまた何人かの子が追いかけていく。
壁のほうにいる子たちをよんで、袋をわたして、を何度かくり返すと、わたしを囲んでいた子どもたちはほとんどいなくなって、離れていた子たちもふたり残っているだけになった。そのうちのひとり、クラッカーがファンシーな袋をのぞきこんだ。

「これはビスケットじゃあないか。しかもおれが好きなやつだ」

彼はビスケットに対してなみなみならぬこだわりを持っているが、どうやら今回のものはお気に召したようだった。そっと紐から腕をぬいて、持っていっていいよ、と言う。ありがとう、とこたえて、クラッカーは嬉々としたようすで袋をかかえてリビングに行ってしまった。

「おい」
「はい」
「おれには」

ぬっと目の前にあらわれて、カタクリが袋のうちのひとつを催促する。彼は二十歳をいくつもすぎているというのに反抗期ぎみで、終始ぶっきらぼうなしゃべり方しかしない。

「おれには、がなに?」

いちばんひどい反抗期のときは、あえて怒らずに流したけど、それにも限度があって、わたしはいいかげん態度を改めるべきだと思っていた。だからこうして、あきらかにカタクリが失礼であれば、わざと冷たい態度をとったりもする。三つ子のうちで彼にだけ声をかけなかったのは、こういうことがあるからだ。

「……ドーナツはあるか」
「あるよ。はいどうぞ」

カタクリに、ピンクのロゴが描かれた袋をわたす。ふつうに比べたら不合格だけど、彼にしてみればまあ及第点の部類だ。

「わたしはリンリンにあいさつしてくるから、みんなで食べててね」
「わかった」

カタクリはドーナツを手にしているときは素直だ。いつもそうしていればいいのに、というと、それは嫌だ、と返された。
階段をのぼって、二階の廊下の突き当たりの、ひときわ立派なドアをノックする。返事があったので、音をたてすぎないよう気をつけて入った。

「ママママ、よく帰ったなあ、さえこ」

ワイングラスを片手に、リンリンはショートケーキに荒々しくフォークをつきたてる。五十にさしかかろうとしているためにすこし太ってはいるが、背は高く、どことなく美しさの面影が残っていた。彼女がこの家の家主で、彼らの母親だ。

「ただいま。これ、新作だそうです」

うすいピンクに赤いロゴが描かれた袋をさしだす。有名な製菓会社がつくったお菓子で、発売を検討するにあたって、社長である彼女の意見がほしいと託されていた。

「おお、すまないね」

中身をみて、リンリンはとてもうれしそうにする。苛烈で奔放な性格をしているが、こういうときはちいさな女の子のようで、わたしはそれをかわいらしく思っていた。

「ああそうだ、また頼まれてくれるかい」

先月に産まれた子たちが一階で寝ているから、と言われて、リンリンとの会話もそこそこに、いそいでむかう。
リンリンは子育てをしない。もちろん、あまりしたくないという気持ちもあるのだろうが、持病のせいだというのがおおきい。彼女と知り合ってからは、とくに手のかかる子どもたちの世話はもっぱらわたしが担っていた。
どんなようすだろうか、と心配になってベビーベッドをのぞき込むと、双子の男の子と女の子がすやすやと眠っている。

「あ、よかった、ねてくれてるんだ」
「ちょうど寝かしつけたところさ、ペロリン」
「ありがとう、大変だったでしょう」
「いいや、私じゃない。コンポートだ」
「じゃあ、お礼いわなきゃ」

コンポートをさがしにいこうとすると、ペロスペローがやんわりと止め、近くにあるソファにわたしを座らせた。とまどいがちに見あげると、にっこりと笑ってみせる。

「まだ一度も休んでいないだろう。ふたりも寝ていることだ、ゆっくりするといい」

そう言って、強引に膝のうえにお盆をのせた。わたしが持ってきたお菓子がすこしずつお皿に盛られ、あたたかい紅茶までそえてある。いい匂いがただよってきて、自然とカップに手が伸びた。

「おいしい」
「そりゃあよかった。ペロリン」
「ペロスペローが淹れてくれたの?」
「まあな」

むかいのソファに腰かけて、ペロスペローは優雅に脚を組んだ。

「今日も泊まっていくんだろう。アマンドの番だったか」
「そうよ。よくおぼえてるね」
「きょうだいのことだからな。ペロリン」

目を伏せてはいるものの、彼はどこか気分がよさそうだった。お皿のお菓子を食べながら、いいことでもあったのかな、と考える。

「いっそ住んじまえばいいんじゃねえかと思うよ」
「ありがとう。でも、わたしは所詮拾われた身だから」
「頑固だな」

ペロスペローがくすくすと笑う。それが聞こえたのか、ふわ、と赤ちゃんが声をあげる。

「これ、ありがとう」

お盆をかえして、女の子のほうを抱きあげる。あやしていると、きゅうに女の子がいなくなったのがわかったようで、今度は男の子のほうが声をあげた。しまった。ふたりもいっぺんに抱えられるだろうか、と心配していると、横から筋肉質な腕がのびてきて、軽々と赤ちゃんを抱っこした。

「カタクリ、ありがとう」
「……気にするな」

しばらくふたりであやしていると、赤ちゃんがうとうとしはじめる。たくさんの人間が代わる代わる世話をしているので、この家の赤ちゃんは、人見知りでぐずることがすくない。ふたたびベッドにそっと寝かせて、やれやれとひと息ついた。

「さえこは仕事が多くて大変だな、ペロリン」
「そうね」

肩をすくめてみせると、視界の端にほかの子どもたちがみえた。扉のかげでじっと静かにしていたらしい。

「お菓子、たりなかったかな」
「みんなさえこと遊びたいのさ。ここは私とカタクリに任せて、行ってあげてくれ」

ちらりとカタクリのようすをうかがうと、目線だけで促される。わたしは背中を押されるがままに部屋を出て、廊下でまつ子どもたちのもとにむかった。