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歩くたびに地面がざくざくと音をたてる。手袋ごしでもかじかんできて、たまらなくなってコートのポケットに手をつっこんだ。二枚の長そでの上にセーターを着ていてもたりない。
ちらりと横をみて、手をつないだりすればあたたかいだろうかと考えたが、やめた。クザンは氷人間で、比喩でもなんでもなしに、世界でいちばん冷たい。

「いま、おれのことみてため息ついたでしょ」
「ついてない。クザンがあったかかったらなあって考えてただけだから」
「なにそれ、嫌味?」
「うん、いやみだよ」

クザンがなにか言い返そうとすると、がびがびした鳴き声がきこえた。ペンギンが見た目にそぐわない低い声をしているのを、わたしはこの旅ではじめて知った。あちこちに水かきのついた足あとを残しながらキャメルがはしゃぐ。雪国というよりは凍土に近いようなこの島は、ペンギンにとっては天国なのだろう。その様子をぼうっと眺める。

「キャメルって、こういう場所にいるような種類だったんだね」
「らしいね」
「いろんなとこに連れまわしてるけど、いいの?」
「まあ、大丈夫でしょうよ。超ペンギンだし」
「超がつくから?」
「そう、超がつくから」

なにそれ、とおかしくなって笑う。

「つぎの島は夏がいいなあ」

太陽がさんさんと降りそそいで、椰子の木が生えている砂浜に、クザンとキャメル、そして自分を並べてみる。わたしはともかく彼らに南国はひどく似合わなくて、言い出しっぺではあるものの、行かなくてもいいような気がしてきた。

「そうだなあ。さえこは暖かくていいし、おれはさえこにありがたがってもらえる。いいことづくめだ」
「なにそれ。気温で愛情が減ったり増えたりするような、現金な女じゃないから」
「あっそう」

じゃあさわってくれるの、とクザンは左手を氷にしてさし出した。わたしはそれに、思いきり顔をしかめてみせる。

「いや」
「さっきと言ってることが違うじゃないの」
「愛情は減らないけど、身体の熱が減る」

クザンがびみょうな表情で自分の手をみつめた。はあ、とため息をひとつついて、氷をしまいこむ。
それからはしばらく無言で、ふたりでならんで歩く。どこにむかっているのかは、クザンしか知らない。わたしは彼について行くだけで、そこで見聞きしたことの一切を口外しないし、たとえそれで誰かの命がうしなわれてしまうとしても、文句を言わない約束だった。

「……海軍やめて、いっしょに着いて行くって言われたときは、正直ときめいたんだよね」

実際は彼が言うほど安直なできごとではなかったし、はじめ、クザンはわたしのことを頑なに連れていこうとはしなかった。はてしない口論のすえに、今のかたちにおさまっているだけで、ほんとうのところでは、クザンは未だに納得していないふしがある。だから、なんどもこの話をくり返す。わたしはわざと素っ気なくふるまうか、べつの話題をだして、これを穏便にやり過ごすことにしていた。

「わたしは、戦ってるときの横顔にときめくかな」
「あら、めずらしく素直じゃないの」
「わたしはいつも素直だよ」
「……それは肯定しかねる」
「なにその間」

すこしむかついたので、ブーツのやわらかいところでクザンのすねをかるく蹴った。わざとらしく声をあげてみせるが、ほんとうはさして痛みなどない。氷で脚をおぎなうようになって、痛みがあるのは恵まれていることだと、クザンはしばしば口にするようになった。

「悪かったよ」
「クリームシチュー食べさせてくれるならゆるす」
「はいはい。あったらね」

クザンがリュックから地図を取り出した。すこし首をひねっているから、まだ町は遠いのだろう。見まわせば、たしかにそのかげすらなく、あたりには枝に雪がつもった針葉樹ばかりだった。クザンはまだ地図を広げている。わたしはしゃがんで雪玉をつくろうとしたが、気温が低くすぎるせいでぱらぱらとしていて、うまくまとまらない。

「あら、なにつくろうとしてんの」

目の前にクザンがしゃがみ込んだ。なんとなく現在地がわかったのか、それともまったくわからず諦めたのか、どちらなのだろう。

「雪だるま。でも玉にならない」

手のひらに残骸をのせて、クザンの前にさしだす。たずねたところで、まだ歩くことに変わりはないのだ。わたしはこれからの行き先よりも、目の前の雪を優先する。

「おれに貸してみ」

言われるがまま、クザンの手に崩れた雪をうつす。わたしの両手いっぱいが、彼の片手ぶんだ。クザンはそっと手の中に雪を閉じこめる。

「いっち、にのさーん、はい」

気の抜けたかけ声とともに、ぱきぱきとかわいた音がした。クザンの手がゆっくりと開かれる。

「うさぎだ」
「うん。好きでしょ」
「好き。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」

半透明のうさぎはつめたくて、すこしだけわたしの身体の熱を奪ってゆく。氷でできているから溶けてしまうのがかなしいけど、逆に、そうであるからかわいさも増した。
指笛でキャメルを呼び、クザンがまた歩きだした。この感じは、町の方向がわかったのだろう。
左に氷のうさぎを持ちかえて、手ぶくろをはずしてからクザンのコートのポケットに突っ込んだ。彼の左手をぎゅっとにぎると、やんわりとにぎり返してくれたが、やっぱりすこしつめたかった。

「さわりたくないんじゃないの?」
「氷にはさわりたくないよ」

ふつうのクザンはべつ、と言うと、すこし面食らった顔をした。

「そうかい。ありがとう、さえこ」
「……わたしも、ありがとう、クザン」

きっとお互いに、なにに対しての感謝なのかはわかっていない。全部にむけてなのか、はたまたごく一部にむけてなのか。
つないだ手にすり寄ると、クザンのにぎる力が強くなって、はなすまいと思ってくれているような気がする。
かつて起きた十日間で、右脚といっしょに、彼のねがいは赤犬に奪われてしまった。それから海軍を去るのはあっという間だったけれど、立ち直るのにはずいぶんかかったし、その傷は彼の中でくすぶったままだ。
わたしだってそう。自分からクザンのあとを追ったくせに、なぜそうしたのか、その答えをいまだ見つけられずにいる。

「今日中には町につく」
「どれくらいいるの?」
「まあ、二日ってところじゃない。あとは用事しだいかな」

これから会う人物がだれか、それがわからないほど馬鹿ではない。それでもわたしが約束を守って、なにも言わないのを彼はしっていた。
大怪我を負って帰ってきたときは、生きてさえいればいいと思っていた。そして今は、クザンがだれかを傷つけないことを願っている。
強く握りしめたせいで氷のうさぎは溶けてしまって、手ぶくろがびちゃびちゃになった。なくなりかけた指のかじかみが、またわたしのもとに戻ってきた。