アレンの様子がおかしくなってから約一週間。
アレン自身、自分でも自覚出来るくらいに異変は目立ち始めていた。
まず、食欲が今までの倍以上になったこと。どれだけ食べても満腹感は得られず、常に空腹感を感じていた。
次に、睡眠時間が昼夜逆転したこと。何故か昼の日光が眩しく感じられ、ここ最近は日光にまともに当たっていない。眩しいだけでなく、身体がだるくなるのでそのまま寝てしまったら、いつの間にか夜が来てしまっていた、というのを繰り返すようになり、昼に寝て夜に起きる、ということが習慣になりつつあった。
そして、妖しく光る赤い瞳。常にというわけではないが、時折赤く光り、しかもその間は意識がないという状態だった。
これらの症状は、ラビと神田が観察して出た結果で、もしかしたら見えないところで他にも変化したところがあるかもしれない。
そんなある日、神田はアレンが暗い地下道へ行くのを発見した。






現在深夜0時。
正直言って面倒くさいが、そうも言ってられない。
先日見つけた怪しい資料室。そこで割ってしまった試験管を片付ける為、アレンは再びその部屋のドアを開けた。

「…よかった」

安堵の息をついて部屋に入る。もし誰かに見つかって割ってしまったことがばれたら、と不安になっていたが、割れた物はそのままで一切手をつけられていなかった。
ポケットに入れていた袋を取り出すと、口を広げてガラスの破片を一個ずつ入れていく。大きい物を優先に、なるべく全部入るようにする。細かくて取りにくい物は、予め濡らしておいた布で付着させて取り除いた。僅かに床にこびりついた血は、時間はかかったが、なんとか拭き取ることが出来た。

「…よし」

「何が『よし』なんだ?」

「っ!?」

急に響いた声に、目を見開いて勢いよく振り返った入り口には、壁に背を凭れ腕を組んでアレンを見ている神田の姿があった。油断していたアレンは、全く感じなかった神田の気配に動揺した。いつからそこにいたのだろうか。

「こんな夜中にこそこそ何をしてるかと思えば…割ったガラスの片付けか?親に叱られるのを恐れるガキのようだな」

「神田には関係ないでしょう。僕はこれで…」

「…その血」

「っ!」

「お前、飲んだろ」

神田の横を通り過ぎようとしたアレンは、神田の言葉で足を止めた。神田の視線は、アレンの手にある布の血を捉えていた。
アレン自身、この異変の原因はなんとなく察していた。この資料室で血を浴び、口に含んでしまってから異変が現れ始めていた。
黙り込んで俯いたアレンに神田は続ける。

「一週間前、お前の様子がおかしいことに気付いた。それから、ラビと一緒にお前の行動変化を見た。…その血、ヴァンパイアのものじゃねーのか?」

「…は、はは……何、言って…」

「なんとなくは分かってたんじゃねーのか?全ての症状と、その犬歯…ラビの推測だが、可能性は高い。まさかと思ったがな」

ヴァンパイアなんて実在しない。
それが、神田の考えだった。
が、アレンの症状を考えると、その可能性が一番高いとラビは言った。時折覗く鋭い犬歯で確信したらしい。

「今日は、よく喋りますね、神田…」

「自覚はしてるんだな」

「自分のことですから…ね…」

途切れ途切れになる言葉。不審に思って振り向いた神田の先には、胸に手を当て、僅かに背中を丸めて荒い呼吸をするアレンがいた。視線に気付いて向けられた瞳は、赤く光っていた。

「話は、それだけ、ですか?」

「…は?」

「それくらい、察しがついて、ます。僕は大丈夫、ですから…」

顔は僅かに苦痛に歪んで目も赤くなり、呼吸が荒いのだ。大丈夫という状況ではない。その場を離れようとしたアレンの腕を掴んで、焦りを含んだ声で小さく言う。

「大丈夫じゃねーだろ。コムイんとこに…」

「っ放して、ください…っ!」

伸ばされた手を払うと、神田はアレンの後頭部を掴んで、自分の首もとに近付けた。
驚きのあまり目を見開いて固まったアレンに、神田は落ち着いた声で小さく囁いた。

「血が欲しいのなら、飲めばいい」

「っでも!」

「今までにも何回かあったんだろ。――吸血衝動、ってラビが言ってたぞ。このまま飲まずにいたら、苦しむのはお前だ」

「…っ」

「素直になりやがれ」

なかなか動こうとしないアレンに、焦れたように懐から取り出した小型ナイフを自らの首筋に当てると、スッと引いた。浮かんだ赤い筋が、アレンの鼓動を強くする。すぐに消えてしまった傷は、それでも飢えているアレンを煽らせるには十分だった。
ゆっくりと口を開くと、現れた牙をその白い首筋に当てる。そして。

ブツッ!

「…っ」

刺さった牙の下から、赤い血が溢れだす。アレンは恐る恐る溢れたそれを舐めた。
ほんの僅か。ほんの僅かだったが、空腹が満たされていく感覚を久々に感じた。
それをきっかけに、アレンは次々と溢れてくる血を無心に貪った。その瞳は虚ろで、ただ血を求めるだけの獣のようだった。
暫くの間、部屋には血を啜る音だけが響いた。






「すみません!本当にすみませんでしたっ!」

「そう思うなら、ちょっとは加減しろ…っ!」

「ひっ!」

翌朝アレンの自室には、ベッドに座る顔色の悪い神田と、必死で土下座するアレンの姿があった。
あの時、血に飢えていたアレンは神田の血を可能用量の限界まで吸い上げた。当然神田は貧血を起こし、資料室から帰る時は苦労した。

「…あの部屋は、もともと科学班が使ってたところだ。元に戻るなら、コムイかリーバーに訊いた方が早ぇぞ」

「そうですね。このままだと色々不便ですし…」

「ったく、さっさと相談しねーから人間の血なんざ飲まなきゃならなくなるんだ」

「ええ、本当にすみませんでした…」

ギロリと睨まれて、竦み上がったアレンは、正座の体勢が辛くなってきたのか、顔を僅かに歪めた。やっと神田からの赦しを得て正座を崩すと、チラリと神田を見上げた。

「…なんだよ」

「いや、あの、えっと…一緒に来てくれませんか?」

「………………………チッ」

(え、どっちに対しての舌打ち!?了承、と取っていいのかな)

おそらく了承である、と結論付け、ふとある可能性が頭に浮かんだ。
アレンは今、ヴァンパイアだ。伝説によれば、ヴァンパイアに噛まれた者はヴァンパイアになる、というものがあった筈だ。あの時はとにかく血が欲しくて仕方なかったから頭が回らなかったが、もしこの伝説が本当なら、神田は…。
そこまで考えて、サーッと血の気が引いていく。もしかしたら自分は、とんでもないことをしてしまったのではないだろうか。

「か、神田…その、日に当たって辛い、とか、異様にお腹が空く、とか、そういうのは…」

「ねぇよ」

「そっか…」

神田はアレンの言いたいことを察し、即座に否定する。伝説は伝説。実際になるわけがないと安堵する。

「では、行きましょう」

立ち上がったアレンに倣い、神田もゆっくり立ち上がる。
窓からは雲に遮られていた日光が差し込んで、二人を照らした。


2011.09.10
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